台湾映画『遠い道のり 最遙遠的距離』の喪失の交錯

これまで台湾映画の中で、特に印象のいい、素敵な映画だと思います。台湾映画では珍しいパターンの映画かも知れません。過度に美化せず、過度に深刻にならず、登場人物たちの喪失感について想像する余地を観る側に与えてくれているようにも感じられます。大変好感が持てました。

主たる登場人物は3人で、一人は番組撮影などの音声のスタッフをしている人で、仕事を首になり、恋人にも立ち去られてしまい、台東地方へ傷心の旅に出ます。

もう一人は心療医で、少々歪んだ性格の持ち主ですが、妻から離婚を言い出され、ある日、仕事を放棄してやはり台東地方へとふらっと出かけてしまいます。

もう一人は広告会社で働く女性で、上司と不倫の関係にありますが、やはりある日仕事を放棄して台東地方へと放浪の旅に出かけます。

要するに3人とも今の生活に耐えきれなくなり、心の状態を調整する必要にかられて日常生活を放棄したわけです。台東地方の美しい自然と都会の生活に疲れた3人のコントラストがよく映えます。台東には一度行ったことがありますが、あの地方の自然には原始的なのにやわらかな感じの美しさがあると私は思います。

音声技術者の青年は旅先で自然の音を録音し、それを元彼女のところに送ります。そんなことをしてもどうなるわけでもないですが、そうせざるを得ないのです。しかし元彼女は既に引っ越していて、次にその部屋に引っ越してきたのが広告会社で働いていて上司と不倫関係になっている女性です。

彼女は時々送られてくる郵便物を自分宛ではないと知りつつ封筒を開けてしまい、音声を聴きます。美しい自然の音、鳥の鳴き声、波の音などが入っています。封筒からどこの宿に泊まっているかが分かり、彼女は職場を放棄して台東地方へと出かけ、差出人の宿や録音されたと思しき場所を捜し歩きます。

心療医の方は美人局に遭いますが、音声の青年に助けられ、二人は行動をともにします。医師はその職業的技術を生かして失意の青年にカウンセリングを行いますが、一方で彼自身を救う術を知りません。40ぐらいのいい大人の男が、少し精神が歪んでいて自分を持て余している感じがとてもいいです。何歳になっても自分を持て余してしまうのが人間なのかも知れません。やがて二人は別れてそれぞれの方角へと去って行きます。

女性は貯金がほぼ尽きた状態になってしまい、今さら職場に戻るわけにもいかず「さて、どうしたものか」と思いつつ海岸に辿り着きます。すぐ近くに音声の青年が歩いています。その後で二人が言葉を交わすかどうか、コミュニケーションを取るのかどうか、それともただの通りすがりで終わるのか、分からないまま映画は終わります。さりげないけれどドラマチックな終わり方で、いい余韻を残してくれます。

広告会社で働いている女性は桂綸鎂がやっています。この映画では押しつけがましくない、さりげない感じで好感がもてます。

三者三様に喪失と向き合う姿が描かれ、自分がその立場ならどう思うだろうかと考えさせられます。音楽が少なく、無駄に音がないために、時々挿入される音楽が印象深くなります。原住民の音楽も入っていて、音楽とダンスに優れていることはよく知られている人たちですから、そのドラマチックな音の響きも楽しむことができます。

台湾にはこんないい映画もあるのかと、静かな驚きを得ました。いい映画だと思います。

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