西洋絵画を観るのが好きな人は多いと思います。私も大好きです。何度もヨーロッパに行って、ルーブル美術館とかオルセー美術館とかに行ってたくさん絵を見ました。しかし、絵というものはその描かれた背景が分からないと、「ふーん、きれいだなあ」で終わってしまいます。「僕はこの絵が好きだなあ」とか「あんまり好きじゃないなあ」で止まってしまいます。何百点、何千点見ても、「あの絵よりこっちの絵の方が好きだなあ」から先に進めません。私は美術に関してはど素人と言ってもいいので、そのあたりを堂々巡りするだけです。美術史とか難しすぎて範囲も広すぎるし、どこから手をつけていいのかもよくわかりません。
その堂々巡りから脱出できるのが、藤原えみりさんという人が書いた『西洋絵画のひみつ』です。分かりやすいです。キリスト教との関係や西洋社会の変化に伴う主題や画風の移り変わりをざっくりと、要点だけに絞り、分かりやすく書いてあります。「要点だけ」というのは人によっては乱暴に見えるかも知れません。しかし、その要点を知らなければ話は前に進みません。警察捜査は現場百回、人文研究は現物テクストにくらいつけと言いますが、要点を知らなければ膨大な情報量に押しつぶされるだけで、人に語れることは特にありません。現場に行って「今日は空が青かった」では困るのです。
この本で特に勉強になるのはアトリビュートです。アトリビュートとは宗教画に出てくる人と一緒に描かれるアイテムのことで、そのアイテムを見ることで、見る人は「あ、この人は〇〇さんだ」と分かります。昔は聖書はラテン語版しかありません。旧約聖書もラテン語かギリシャ語しかありません。なので昔の人、聖書を自分で読むことができません。ラテン語やギリシャ語を勉強した偉い司教様にお話ししてもらう以外に知ることができません。それがカトリックの権威を高めることになったのはまた別の機会に譲りますが、聖書を読めない人たちに分かりやすく内容を伝えるのが、西洋の宗教画の役割で、人物とアトリビュートというアイテムが一緒になることでなるほどと思うのです。日本で言えば義経に弁慶がくっついているようなものです。
イエスやマリア様が描かれていた時代やその描き方から、だんだん世の中の主役が平民に移って行って市井の人が描かれるようになるまでの流れ、裸体画を描く際にギリシャ神話や旧約聖書のエピソードを描いているから問題ないものと言い張れること、オリエンタリズム的な要素、絵画産業のことまで、なるほどそういうことかと膝を打つしかありません。素人にも分かりやすい、大変素晴らしい本です。こんな本があることに感謝です。