映画『台湾人生』の日本語世代と向き合えるか

酒井充子監督が何度も台湾を訪れ、台湾の日本語世代に何度なくインタビューを重ねて制作されたドキュメンタリー映画です。太平洋戦争が終わる前に「日本帝国」の一部だった台湾で生まれ、日本語を学び、戦争が終わって日本から置き去りにされ、中国人になるつもりもない、そういう時代のエアポケットに入ってしまった人たちと言っていいかも知れません。

もちろん今の若い台湾の人たちは日本人に置き去りにされたという感覚は持っていません。ただ、『海角7号』が観客に訴えかけるのは、そういう日本語世代の風景であり、若い人はそこに自分のおじいちゃん、おばあちゃんの物語を見出すことができ、記録的なヒットになったのではないかなあと思います。通常、おじいちゃん、おばあちゃんというのは優しい存在です。それが「台湾人の温もり」的な価値観と合うために、台湾で共感する人が多いのだという気がするのです。

さて、それはそうとして、この『台湾人生』という映画に登場する人物の中で、一人、大変激怒されるご老人がいらっしゃいます。日本が戦争に負けて引き揚げて行った後、国民党がやってきますが、現地人と国民党との紛糾が激化した228事件が起こります(『非情城市』という有名な映画がありますが、あの映画も228事件を知らないと何のことか分かりません)。当時、そのご老人は新聞記者で、取材に行った話をされていましたが、その後の白色テロにより弟さんが銃殺されたという重い過去を背負っています。インタビューの最初の方では普通に、おだやかに話しておられたご老人ですが、後半ではいきなりかっとなり、「なぜ、日本人は私たちを見捨てたのか!」と詰め寄るようにカメラを見つめて言葉を荒げるのです。

私たちは戦後、太平洋戦争で日本が負けることで、多くの周辺の地域や国々が日本からの圧迫から解放されたと学習していますので、このご老人の「何故、日本人は私たちを見捨てたのか」という詰問を一瞬、うまく飲み込むことができません。そんなことを言われるのは想定外です。ただ、司馬遼太郎さんが台湾を訪問した時に同様の質問をご婦人から受けて返答に窮したということを書き残していますし、邱永漢氏が亡命生活のことを短い小説形式にし、居場所のない私たちを日本政府は見捨てるのか?と投げかけています。

そしてついに、私たち日本人は、彼らの問いに対してまともに答えることができないまま、今日を迎えています。李登輝さんはまだお元気ですが、日本語世代と呼ばれる人たちは李登輝さんより少し若い世代くらいまでなので、若くても80歳を過ぎてます。最近は人間は長生きするようになってきたので、この世代が簡単にいなくなるとも思いませんが、そういう人たちに対して、どう応答するべきかについては、もしかすると私たち日本人はそれなりの責任を負っているのかも知れません。ただ、それについては全く考えてこなかった歴史があるので、私はああするべきだ、とか、こうするべきだ、と簡単に言うことができません。そういう人たちが存在していて、私たちと同時代を共有しているこを知ること、知ろうとすることが大切かも知れません。向き合うことができるかと言い換えてもいいかも知れません。この映画を観れば、その第一歩になりそうに思います。

私、酒井監督に二度お会いしたことがあります。先方は覚えてくれてないかなぁ…。

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