アメリカ映画『アメリカンクライム』の虐待の連鎖と心理

実際に起きた虐待殺人事件を基にした、とても深刻な問題を扱った映画です。スクリプトは裁判記録に残っているものを使ったということですから、よりリアルに、実際に起きたことに対して忠実に作られていると考えていいと思います。

主人公のシルビアはエレンペイジという不世出の女優さんが演じています。『ハードキャンディ』でも凄い役をしていますが、美人というだけではない深みのある、一度見たら忘れない不思議のある雰囲気のある人です。

シルビアの一家は旅芸人をしています。トムハンクスの『ビッグ』に出てくるみたいな簡易遊園地を作り、子どもを集めていろいろな娯楽施設を運営するような感じです。仕事で各地を回りますから、子どもたちをどこかに預けなくてはいけません。ほんのちょっとしたきっかけから、子どもたちがガートルード・バニシェフスキーの家に預けられます。子だくさんな家なので、まあ、一人二人増えたって同じ苦労だというわけです。ここまでなら『羅生門』のラストと同じです。

しかし、バニシェフスキーという女性が虐待体質の人物だということが僅かずつ明らかになっていきます。何かと理由をつけては暴力をふるったり、暴言を吐いたりします。口にするのもはばかられるような酷い虐待が続き、それは次第にエスカレートしていきます。

シルビアは同世代の男性と友達になり、深い仲になった可能性が示唆されます(映画ではその可能性を示唆する作りになっていましたが、実際の事件の司法解剖では二人の関係は友達以上、恋人未満であったことを示唆しています)。

いずれにせよ、シルビアがそういう行為を行ったと信じたバニシェフスキーは彼女をあらゆる侮辱する言葉で罵り、監禁し、最終的には死ぬまでその虐待は続きました。中年に達した女性の若い女性に対する嫉妬ということもありますし、おそらくはバニシェフスキーも酷い虐待を受けて育ったのではないかと考えることもできると思います。

このような虐待で恐ろしいのは、家庭という閉ざされた世界であるために第三者の目、特に大人の目が届きにくく、仮に問題がありそうだと思われても「家庭内のこと」「虐待ではなく躾」などの言葉の壁によって介入することが非常に難しいことです。虐待を止める人が誰もいない、どこへも救いを求めることができないまま、拷問が続きます。子どもにとって「親」「保護者」のような立場の人に抵抗することは心理的な壁が大きく、虐待が日常化してしまうとそれを受け入れる以外の選択肢を持てない場合が多いです。脱走しても暮らす場所がありませんし、肉体的な抵抗は相当な決心を必要とします。

この事件はその典型例と言えるかも知れません。なぜこの映画が『アメリカンクライム』と題されたのか、一つはおそらくは、この犯罪は人権を重視するアメリカの市民社会に対する挑戦であるということがあると思います。そしてもう一つは同じ事件から取材した映画のタイトルが『隣の家の少女』というタイトルから推測できるように「自分たちの社会に潜む病巣」と制作者がとらえていたからではないかと思います。

虐待の連鎖という言葉は以前からよく使われています。バニシェフスキーは犯罪者ですが、救済を必要とする人物とも言えます。この辺り、どうやって少しでも解決していくか、よくよく考えなくてはいけないと私はつくづく思いました。

非情に観ていて辛い映画です。「やめてくれぇっ映画を止めてくれっ」と思います。映像がきれいで、時々挿入される音楽がご機嫌な感じなので余計に悲劇性が増します。エレンペイジが好きなので、もっと辛いです。

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