主人公の刑事は、奥さんが不治の病に侵されています。過去に同僚が犯人に撃たれて死んでいます。同僚を守れなかったという思いが強く、同僚の奥さんに対する罪悪感がハンパないです。親友の同僚が犯人に撃たれて車いす生活になります。その同僚を守れなかったことへの責任感のようなものも強いです。奥さんとの残された時間を大切にするために、主人公は警察を辞めます。
決心すると早いです。廃車を買います。超人的な集中力と作業量で廃車をパトカーに改造します。制服を着てパトカーに乗り込むと、銀行へ行き、銀行強盗に成功します。手に入れたお金の一部は同僚の奥さんにあげます。残りのお金を持って、主人公は奥さんと車であてどない旅に出ます。そうはいってもそんなにすっごい贅沢をするわけでもないです。湖に行ったり、旅館に泊まったり、トランプで遊んだりです。すっごいことではなくて、トランプで遊ぶとか湖に行くとか、たき火をするとか、そういうことを一緒にやることが一番素敵な時間の過ごし方だと監督は言っているように思います。『Brother』でも『ソナチネ』でも、物語そのものはいやになるくらい深刻なのに、それでもやっぱり遊んでいる場面を必ず入れます。遊ぶ時の心の純粋さが好きなのだと思います。タモリさんが赤塚不二夫さんと遊んでいた時のような純粋で真っすぐに楽しい時間、というのに近いかも知れません。『菊次郎の夏』では、そこにもっともっとフォーカスしています。映画の後半はただ遊んでいるだけです。
それはそうとして、やくざが主人公と奥さんを追ってきます。「銀行強盗をしたのはどうせおめえだろ」とやくざは見抜いています。その金を狙ってきます。殺します。奥さんを侮辱する男がいたら半殺しにします。
過去の部下たちが追ってきます。銀行強盗をしたのも、やくざを殺したのも主人公だということに気づいています。ですから、逮捕しなくてはいけません。部下たちが追い付いたとき、主人公はもう少し待ってくれと頼みます。そして奥さんと二人で自ら命を絶ちます。悲惨な話ですが、感動します。ここまでできる配偶者がいることに感動します。「愛する」とはどういうことかを真剣に考えています。主人公は愛にあふれた人物です。見た目は怖いですが、死んだ同僚のことや負傷した同僚のことへの深い思い、思いやりが不器用そうな雰囲気とともに溢れ出ています。北野武さんの映画は惻隠の情がよく出てくると思います。根本的な問題解決はしてあげられないけれど(なぜなら、それはその人にしかできないことだから)、ほんの少し相手の心が明るくなる、ほんの一瞬だけ気持ちが楽になる、少しだけれど生きていこうかなと思えるような希望を与える、そういう場面はちらっちらっ入るのが本当にうまいというか、凄いというか、ぐっと来ることがあります。
久々にこの映画を観て涙ぐみました。この映画を観ると結婚したくなります。