台湾映画『セデック・バレ』の日本観

1930年、台湾中部の山奥にある霧社という地域で実際に起きた日本人虐殺事件と、日本人を虐殺した原住民部族に対する日本軍の反撃が描かれる映画です。台湾の人はこれを観て、深く感動したそうです。

日本人の殺され方が、ある意味では小ばかにしたような描かれ方になっており、そういう観点からの違和感は私にはどうしても残ってしまいます。映画で日本人が殺されるのがけしからんということではないです。人が殺されるのはドラマツルギーの一つとも言えると思いますから、映画で人を殺してはいけないということになっては困ります。ただ、おもしろおかしく、人がまぬけな感じで殺され、微かな笑いを誘い得るということに対してはいやーな印象を受けました。

二部構成になっており、後半では日本軍の反撃を受けて日本人を皆殺しにした原住民の部族の人たちが死んで行きます。男たちは戦いで命を落とします。女性たちは戦いの足手まといになってはいけないので、集団でジャングルの中で首をつります。それはもう壮絶で見ていられません。日本軍が国際法で禁じられている生物・化学兵器を使用したとの説もありますが、証拠は多分、ないでしょうけれど、使ったとしても不思議ではないとは思います。国内事情ですので、国際法とは関係ありませんし、その効果を試してみたいという動機があったとしても驚くには価しません。

それはそうとして、原住民の男たちは誇り高き戦士として近代化された日本軍と堂々と戦い死んで行きます。私にはそれに対しても違和感を拭い去ることができません。霧社における日本人虐殺事件は、小学校の運動会が標的にされており、逃げまわる小学生やお母さんたちを銃や刀で武装した男たちが追い回して全員殺しています。そのような行為をする者が誇り高き戦士だと私にはどうしても思えないからです。日本軍の基地に突撃したとかなら、話は違ってくると思いますが、そうではなくて、今風に言えば完全にソフトターゲットを狙っています。

日本人も責められるべき点はあります。原住民を心底見下しているということが分かる場面や台詞が何度も挿入されますし、当時は実際にそうだったのだろうと想像することはできます。また、原住民の部族出身で日本名をもらって巡査になった花岡一郎次郎兄弟の遺書では、原住民に対する労働のさせ方に重大な問題があった(日本人の好む働き方を強要することで、原住民のプライドを傷つけた)とされていますから、確かにプライドを傷つけることは時には殺意をも生むことは確かにその通りだと思います。しかしやはり、だからと言って小学生とお母さんを皆殺しにすることに一理あるとは、やはりどうしても思えません。私は霧社を訪問したことがありますが、戦前に建てられた日本人慰霊碑が国民党の時代になって破壊されており、破壊された礎石だけが残っているのを見て、率直に恐怖を感じました。

この映画のよかった部分をあげるとすれば、原住民の歌と踊りです。台湾の原住民の人たちは歌と踊りが格段に優れていることで有名です。私も聴いたことがありますが、迫力と哀切に満ちていて、ほれぼれする、本当に素敵な音楽です。この映画でも彼らの歌と踊りに触れることができます。凄惨な殺し合いの後でその場面が挿入されているため、一瞬戸惑います。殺戮の直後にあまり素晴らしい歌声なので、自分が何の映画を観ているか分からなくってきます。感情を揺さぶられます。ここは演出の勝利と言えるかも知れません。

ただ、この映画によって歴史を語られることは迷惑のようにしか思えません。「台湾の親日」は様々な場面で語られることですし、その例として『海角七号』と『KANO』がよく引き合いに出されます。『セデック・バレ』を含む三本の映画は、同じ制作チームで作られていますので、三本をセットで考えないと、彼らの伝えたいことを汲み取っていくことは難しいです。『海角七号』では日本に対する喪失が語られ、『セデック・バレ』では、はっきり言えば日本に対する激しい憎悪が語られます(これを単なる憎悪ではないと弁ずることはいくらでも可能です。ですが、枝葉末節を省いて虚心坦懐にこの映画を観れば、憎悪という言葉がやはり一番当たっているように私は思います)。『KANO』では一転して、親愛が描かれます。それだけ複雑だということです。


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