中国映画『大紅燈籠高高掛』の新しい中国

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辛亥革命の後の時代で、共産中国が成立する前の時代。いわゆる民国期が物語の舞台です。登場する人々は辮髪を切っているので、清朝の時代は終わっていると推量できますが、貧富の差が激しく、大金持ちが複数の妻を持つことが普通の時代として描かれています。つまり、共産中国はまだ誕生していない時代です。

主人公の女性は大学で半年ほど学んだ後、とある大金持ちの家に四番目の妻として迎え入れられます。夜ごと、ご主人様がどの妻のところに通うかが女性たちの関心事です。ご主人様がよく通ってくれれば、その女性のメンツは立ち、鼻も高く、扱いも良くなります。中国の伝統的な価値観に従えば、男の子をもうけることが必須条件とも言えますので、仮に妊娠すれば自分のポジションは一機に上がりますし、男の子が生まれれば、もはや不動の地位を得ることができます。他の女性が弟を産む可能性もありますが、それはそれで権力争いとしては別のフェーズに入ります。

中国の近代化が始まり、一夫多妻のような「前近代的」な習慣には否定的な声が生まれていた時代ですが、男の子を確実に確保するためには一夫多妻の方が都合が良く、世論が喧々諤々していた時代です。女性はまだ人格を持つ存在として認められず、財産としてやりとりされていた時代とも言えます。

当時の中国は欧米と日本に瓜分される不安がかなり真剣に高まっていた時代で、中国が消滅するのではないかと中国人が危惧していた時代です。欧米や日本のように強い国に生まれ変わらなくては未来はない、しかし、そのためには何をどうすればいいのかを当時の北京大学の若い学生や知識人たちを中心に盛んに議論されました。

日本やアメリカからの留学帰り組は、新しい中国建設には民衆の改造が必須で、一夫多妻や家同士の結婚という概念を批判し、双方の意思に基づく自由な恋愛による結婚を提唱します。「家」を確実に存続させるという価値観が強かった当時は、自由な恋愛感情に基づく結婚に反対した人も大勢いたようです。

そういう背景を考えながらこの映画を観ると、主人公の女性が大学まで行くほどの高い教育を受けることができる、新しい女性であるにもかかわらず因習的な一夫多妻制の犠牲者になっていく様子を描くことが中国の近代化の問題意識と深く結びついていることが分かります。というかそういうことを意識せずにみると単なる嫉妬物語になってしまうので、映画の伝えたいことを汲み取って行くことができないと思います。

女性同士の合従連衡があり、裏切りもあり、最後は妻の一人が不倫していたことがばれて殺されてしまいます。それを知った主人公の女性は正気を失って終了です。あり得る悲劇を全部突っ込んでくるのが中国映画、という気がします。

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