中国映画『陽光燦爛的日子』の失われた少年時代

北京という大都会の悪ガキどものお話しです。文化革命が終わったか終わらないかの時代、大人たちが兵隊に行っているか地方に下放されているため、子どもたちはわりかし自由に好きなことができます。馬小軍という主人公の少年はタバコは吸う、酒は飲む、更にはあちこち不法侵入する実にけしからん子どもです。悪ガキグループに入っています。

ただ、馬小軍はチームの中での序列はそんなに高くありません。群れの仲間と認めてはもらっていますが、アルファオス風のリーダーがいて、馬小軍はどちらかといえばそそっかしくてちょっとうっとうしくて、腕力も大したことはありません。

イメージとしは『ド根性がえる』の世界だけれど、『鉄コン筋クリート』並みにシビアさがあり、ヒロシの役割を山崎邦正がになっているという感じでしょうか。

馬小軍は米蘭という女の子をナンパします。女の子はチームに迎え入れられ、少年期の楽しい日々をともに送ります。ところが、実は馬小軍の記憶がはっきりしません。大人になった、老成した馬小軍のナレーションが入りますが「果たして自分が米蘭をナンパしたのかどうか、曖昧だ…どこまでが本当だったか…」と述懐します。馬小軍のような「へたれ」なキャラがナンパして仲良くなるのはちょっと不自然で、観ている側も若干「???」となるのですが、ナレーションでここまで言われるとますます「???」にならざるを得ません。

とはいえ、馬小軍がはっきりと覚えていることがあります。アルファオスキャラのリーダーと米蘭がいちゃいちゃする様子を見て、心の平衡を失った馬小軍は、米蘭の自宅へ入り込み、襲おうとして失敗します。以後、馬小軍はチームの誰からも相手にされなくなり、孤独な夏休みを送ります。

やがてアルファオスのリーダーは兵隊になり、馬小軍も兵隊として全く違う部署へ送られます。それぞれにばらばらになって、誰がどこで何をしているのか音信不通になっていきます。少年時代の友達を失くしたという心のうずきだけが老成した馬小軍の心に残りますが、年齢を重ねると心の痛みよりも当時の仲間たちとの楽しい思い出を懐かしいといった感じで語りが入ります。

映画の最後の最後の場面では、大人になった仲間たちが高級車に乗って北京の街を走ります。当時の仲間が再会して語り合うこの場面は、いわば馬小軍の願望や夢、祈り、心の中の物語です。実際にばらばらになっていて、心の中の痛みと懐かしさだけが残っています。失った友達のことをせめて自分の心の中で大切に懐かしむことは美しいことだと私は思います。このお話を考えた人の少年時代への深い思い入れを感じます。友達を失くした経験は誰にでもあると思います。それは哀しい思い出で、普段はなるべく思い出さないように心のどこかへとしまいこむものかも知れません。言ってみれば中国版の『スタンドバイミー』です。

観る人がそれぞれに自分の十代を懐かしむことができる映画です。1994年の映画ですので、中国経済がいよいよこれからという時です。最後の高級車の場面では「SANYO」の看板が映りこみます。別の意味でも泣けてくる映画です。いい映画です。ただし、馬小軍が友達を失くしたのは米蘭という女の子を襲ったからなので、彼に弁解の余地はありません。真似してはいけません。

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