原田眞人監督『魍魎の匣』の日本の戦後

原田眞人監督は日本の戦後を問い続けている人としてつとに知られています。京極夏彦さんが原作の映画の『魍魎の匣』は美少女をめぐる推理映画ですが、原田監督は作品に「戦後」を挿入して今を生きる私たちにいろいろなことを問いかけています。

撮影は上海の郊外で行われたそうなのですが、いかにも終戦直後の日本に見えます。上海の郊外が武蔵野に見えます。さりげなく光クラブの話題が入っています。ほんの短い時間に早口で話しているので、一瞬「?」となりますが、何度も観ると「あぁ、光クラブ」と分かります。一回目で分かる人もたくさんいると思います。私は鈍いので何度も観ないとわかりませんでした。凄い映画は細部にいろいろ凝っています。『エリザベス』と同じです。

終戦直後は新しい時代が始まる予感と戦争に負けたことの劣等感が相半ばする不思議な時代だったろうと思います。この映画はその最中に生きる人の心を掴もうとしています。登場人物が「自分は歯ブラシの工場を経営している」と偽る場面があります。今もきっと日本に歯ブラシの工場があると思います。絶対に世界最高水準の歯ブラシを作っていらっしゃると思います。ただ、やはり歯ブラシの工場という言葉にちょっと前の日本を想起させられます。

京極夏彦さんの原作では登戸の陸軍の研究所の話題が出てきます。映画では登戸という地名は出てきませんが、陸軍から予算をぶんどった研究所は出てきます。死なない研究をしています。戦争中に兵隊が何度でも再生できる技術を開発しようとします。うまくいきません。戦争が終わった後も死なない研究を続けています。いろいろ口実を作って予算を手に入れています。この研究所では戦争は終わっていません。というか、研究所にとっては戦争はそもそも始まっていません。戦争とは関係なく、研究のために研究を続ける自動装置に成長しています。ナウシカのドルク帝国の首都の研究所みたいなものです。戦争も人命も研究を続けるための口実でしかありません。戦争の本質の一端を掴もうとしています。

アメリカと戦争するかどうかという問題と組織の自己実現の区別がつかないまま日本は戦争を始めます。アメリカとの戦争と陸海軍の予算の配分が混同されて議論が進みます。研究所はその本質を表現する存在です。

戦争とか戦後とか、そういう時代を語っても突き詰めれば個々人の人生が集合したものです。突き詰めれば個々人の物語になります。刑事、探偵、作家、編集者、神主、女優、研究者が出てきます。それぞれに人生を背負っています。人生の矛盾を解消するために超人的な努力をする人がいます。戦争で人生が歪む人がいます。登場人物のそれぞれの内面を想像しながら観ると更に楽しめます。



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