奈良の歴史と風物に関する優しい文体のエッセイ集です。
西山厚さんという方は、この本の奥付の紹介によりますと奈良国立博物館の学芸部長をされた後、現在は帝塚山大学の教授をなさっていらっしゃる先生です。『語りだす奈良』は西山さんが毎日新聞の奈良県版に奈良の風物詩と歴史に関することを連載したコラムをまとめて加筆修正したものです。
折々の奈良の行事や社会的なできごとと絡めつつ、奈良時代の歴史のお話が書かれています。優しいおだやかな文章で、肩がこらず、読み進めるとなぜかほっとしてきます。
奈良時代の主役といえば、ぱっと思い浮かぶのは大仏様を建立した聖武天皇です。聖武天皇に関わるエピソードもたくさん挿入されています。光明皇后のお話しもいろいろ挿入されています。聖武天皇と光明皇后の間に男の子が生まれましたが、体が弱く一年も経たずに亡くなってしまいます。聖武天皇と光明皇后は仏教への信心を深めていきます。美少年で知られる阿修羅像は光明皇后が亡くなった息子さんのことを偲ぶために作らせたものです。親子の情が語られます。普通の人の人生と重なり合います。
光明皇后はある日、お風呂を設けて汚い人を洗いなさいとの天の声を聴きます。お風呂を設けると汚い男がやってきます。汚いなあと思ったけど天の声に従ってきれいに洗ってあげます。実はその人は如来様で空へ消えていきます。ある日、全身膿だらけの人がきます。嫌だなあと思ったけど口で膿を吸い出してあげます。その人も如来様でどこかへ消えていきます。
なんかの話と似ています。千と千尋にそっくりです。宮崎駿さんのような博学な人が光明皇后の話を知らないわけがありません。おー、千と千尋のオリジナルは光明皇后だったのかと驚きと感動が読み手の内面に生まれます。よくよく考えてみると、ナウシカの原作でもトルメキアの兵士の喉に溜まった血をナウシカが口で吸いだします。突き詰めるとそのモデルは光明皇后だったのかと分かれば感動します。
男にとって女性は偉大です。女性が愛の力を発揮すると崇高なことも偉大なこともできるのだと、その愛にすがることもまた信仰なのかも知れないなぁと私は『語りだす奈良』を読んで思った次第です。