聖徳太子とイエスキリスト

聖徳太子は実在しなかった、という議論があります。聖徳太子は後に創造された名前で、そのモデルとなった厩戸皇子の存在は確実としても、その人は聖徳太子ではない。というわけです。モデルになった人がいるのだから、実在しなかったと言い切ってしまうのもどうかと思いますが、様々な伝説が後に創作された可能性は十分に高いと言えるでしょう。

 馬小屋で生まれたところから、既に伝説めいていますが、このような誕生のしかたから、イエスキリストが伝説の下敷きになっているのではないかとの憶測も不可能ではありません。

 既にイエスの時代から数百年を経ており、ローマ帝国がキリスト教を国教に決めた後の時代のことですから、福音書の内容が日本まで伝わっていたとしても全く不思議ではありません。聖徳太子は蘇我氏と協力関係にあった政治家で、蘇我氏は大陸とのつながりが特に深かったということになれば、尚のことです。

 奇跡の内容では違いがあります。イエスキリストは病気の人の病気を触れるだけで治癒させ、貧しい人に無限と言えるほどのパンを与えます。一方で聖徳太子はずば抜けて聡明で、十人の話を一度に聞けたのような、優秀であるが故に奇跡的な仕事ができたという感じになっています。

 この違いはおそらくは儒教的な頭の良さ、人格の高さを良しとする価値観とキリスト伝説が混ざり合った結果に起きたとすれば説明が可能なのではないかと思います。

 今も法隆寺では聖徳太子への信仰は厚いそうですから、伝説だから真実ではないと言い切ってしまうより、今も信仰している人々の心情も酌みつつ、伝説を楽しむのが一番いいのかも知れません。

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