サンダース現象とアメリカの中産階級

サンダース氏の陣営が総力をあげて取り組んだカリフォルニア予備選ではクリントン氏が勝利という結果になりました。時差の関係でニュージャージーの票が先に開き、クリントン氏が代議員の過半数を獲得したことで、カリフォルニアの票が開く前に民主党の大統領候補が決まったという意味では、カリフォルニアの開票への関心はさほど集まらなかったようにも見えます。

サンダース氏側としては、ニュージャージーはそもそも捨てていたので、ニュージャージーで負けても別にいいと思っていたでしょうけれど、カリフォルニアでも負けたというのは、象徴的な意味も含んで、結構、がっかりしたのではないかという気がします。

とはいえ、サンダース氏陣営は民主党大会の当日に自由に投票できる特別代議員を説得する方針で、最後まで退かない姿勢を貫くようです。

サンダース氏はアメリカの若者を中心に支持を集めていると言います。よく言われることですが、アメリカの格差社会があまりにひどいために将来の展望を持ちにくい若者たちがサンダース氏の社会主義的格差解消政策を強く支持しているそうです。サンダース氏は必ずしもルックスがぱっとするとかそういう感じではありませんが、怖い校長先生みたいな感じの見た目は無私の人という印象も与えるもので、そういうのも含んで若者の期待を得ているのかもしれません。その背景には中産階級の没落があるということなのでしょう。

中産階級の没落が語られるようになって久しいですが、昔の中産階級と今の中産階級ではかなり違ったものになっているのかも知れません。アメリカの普通で平凡な中産階級とは、芝生付きの家で暮らし、車が一台か二台あって、日曜日の午前中は教会へ行き、午後はピクニックでもして楽しむ。子どもはだいたい三人ぐらいいて、一人ぐらい出来のいい子は有名な大学に進学し、20代になれば幸せな結婚を。というイメージのものだったように思います。Back to the futureとか、そんな感じの描かれ方です。そんなに贅沢はしないけど、そこまで贅沢する必要も感じず、ちょっとくらいは高価なものも持っている。

ですが、最近つくづく思うのですが、どうもそのような中産階級は社会全体が順調に経済成長している時だけに見られる現象のようです。経済成長が順調な時は誰にも潤沢な資金がいきわたり、小貴族のような暮らしができるのですが、低成長社会に入ると一部の成功者は十分に贅沢な生活ができるものの、それ以外の人たちは来週の支払いのために今を我慢するという状態を甘受しなくてはいけなくなるというものだったのではないかと思うのです。例えば日本でいえばドラえもんののび太の家庭が日本的な中産階級のイメージで郊外に小さいけれども庭付き一戸建てを持っていて、ローンはしんどいけれど、お父さんは終身雇用の会社で働いているので大丈夫。という感じのものですが、今は日本でもそういうイメージは崩れているように思います。衣食住に満たされ、少しは贅沢もできるのが中産階級というのは特定の時代だけにもたらされた錯覚だったのかも知れません。

20世紀は中産階級と大衆消費の時代でしたが、21世紀に入ってからはだんだんとそういう感じではなくなってきました。

アメリカでも日本でもそうですが、今後はどのような社会を目指すのがいいのか、選択する必要があるかも知れません。低成長社会でも中産階級を維持するために再分配に重点を置くのか、それとも格差の存在を受け入れて、その代わりに成功者がイノベーションや設備投資で進歩を目指す社会を選ぶのか。私の受ける感覚としては再分配重視を希望する人が多いように思います。アメリカのように成功者を尊敬し、格差が存在するのは当然と考える人が多い社会でもサンダース現象が起きるのだということを思えば、日本では尚のことのように思います。

今後はAIが仕事する社会になり、人々が労働して税金を払うことによって国や社会を支えるというモデルそのものが過去のものになる可能性も出ています。私は最近は、そういうことなら、再分配重視でいいのでは?と思うようになっています。太平洋をへだてた日本人の私にまで影響するのですから、サンダース現象、おそるべしです。

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