真珠湾攻撃

真珠湾攻撃の辛いところ2

 真珠湾攻撃は戦術的には完璧だったとよく言われます。ハワイの北方からゼロ戦が飛来し、アメリカ側が成す術もないうちに太平洋艦隊を撃滅させ、颯爽と去って行った。そういうイメージが定着していますし、それは事実だとも思います。

 しかしながら、ある意味では不徹底に終わってしまい、戦略的にほとんど意味のない攻撃になってしまったことも残念ながら事実のように思います。

 真珠湾攻撃は二度行われ、第三派はありませんでした。二度の攻撃のうちにアメリカ太平洋艦隊の艦船は破壊されましたが、三度目の攻撃で港湾施設を破壊しなかったことが、様々な意味で痛恨だったという指摘もされています。

 まず多くの破壊された艦船が引き揚げられ、修繕され使用できるようになりましたので、敵の戦力を殺ぐという目的が不徹底でした。更に言えば、真珠湾が軍港として使用し続けることが可能だったため、アメリカ海軍の太平洋にとってはオペレーションが段違いに楽になります。

 しかし三度目の攻撃が容易に行えたかと言えば多少なりとも疑問はあります。二度の攻撃の間にゼロ戦250機のうち、約50機が生還していません。アメリカ側の迎撃はよくがんばったとも言えるかも知れないですが、その後の展開がどうなるかまだまだ読めない、ましてやアメリカの空母艦隊がどこにいるか分からないという状態では戦闘機を過度に消耗することはやり方を間違えれば自空母艦隊の全滅につながりかねません。

 連合艦隊関係者にとっては、空母艦隊がその時たまたま真珠湾にいなかったことが最も痛恨だったのではないかと思います。海の戦争は戦艦よりも空母と飛行機だということを証明したのは日本ですが、それをしてアメリカの空母艦隊が無傷のまま残ったということは山本五十六をして苦悩させます。
ハワイを占領しておけばよかった…という後悔もあったと言われ、それが後のミッドウェー作戦へとつながっていきます。

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