昭和天皇はマッカーサーに何を言ったのか

 戦後すぐ、昭和天皇がアメリカ大使公邸でダグラスマッカーサーと会見したことは有名な話です。そこで果たして何が話し合われたのか、昭和天皇がそれについて話すことは生涯ありませんでした。昭和天皇は会見の内容は誰にも明かさないと「男と男の約束」をしたと言っていたそうです。

 一方で、マッカーサーは後に出版した回顧録で昭和天皇から戦争の責任は全て自分が負うので、他の人たちを助けてほしいという主旨の発言があったとしています。

 当時通訳をした人も同様の主旨の証言をしていますので、ほぼ間違いのないことだったのではないかと思います。

 ただ、他の人については戦犯指名が予想される重臣たちのことか、生活に窮乏する国民たちのことか、その両方かということについてはちょっとはっきりしません。

 日本側からは一切その時の発言についての情報は出て来ないのは、当時の段階で天皇が責任を認める発言をしたことが明らかになれば、戦争犯罪人指名のリストに載る恐れがあり、そのリスクを回避するために内容を秘したとする考えもあります。

 責任を認めることで人望を得ることは時代、地域に関わらず、確かにあることですし、あの段階でそれを発言する昭和天皇の腹の括り方は相当なものだとも思います。一方で英米法的司法手続きの思想に則る以上、有罪か無罪かを申し立てる際に、先に外で自分の責任を認める発言しているのは決定的に不利になるでしょう。人の道と法律論の違いとしか言えないものかも知れません。

 では果たして昭和天皇の戦争責任はどう考えるべきでしょうか。様々な研究や議論があることは承知しています。難しい問題なのでいずれ稿を改めて考えてみたいと思います。

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