昭和天皇と田中義一首相

よく知られている事件ですが、張作霖暗殺事件は関東軍の河本大作大佐が仕掛けたものだと考えられています。
 当時の田中義一首相もそのことは把握していましたが、真相は公表しない方針を選びました。昭和天皇は公表するようにとの意思を示していましたが、田中義一首相はそれを無視。
 昭和天皇は田中義一首相を叱責し、結果、田中首相は辞任します。

 ここで議論になるのは昭和天皇が田中義一首相に対し「辞めろ」と言ったかどうかです。もし立憲君主制の理念を重視するなら、天皇が首相に辞めろというのは越権行為です。叱責しただけなら、越権行為とまでは言えないでしょう。昭和天皇は後に田中首相を叱責したことは立憲君主として不適当だったと反省したと語ったと言われています。その後、天皇は立憲君主に徹しようとしたため、太平洋戦争開戦についてはイニシアチブをとらなかった(よって責任もない)、という話になっていきます。

 さて、ここでどうでしても不思議でならないのは田中義一首相が昭和天皇に叱られて辞職してしまうことです。立憲君主制が徹底されているとすれば、何も悩むことはありません。天皇が首相を好きか嫌いかは政治の運用上、全く問題がないのです。辞める理由はどこにもありません。「陛下はお怒りなのですか?そうですか、ではがんばって信用回復に努めます」と言って涼しい顔で首相を続ければ良いだけなのです。

 ところが、田中義一首相は辞任してしまいます。天皇に嫌われていてはやりにくいでしょうけれど、辞めなくてもいいのです。この辺り、憲法上様々なことが、それまで習慣的に運営されていたものが想定外の出来事が沸き起こり、混乱し始めていたようにも見えなくもありません。

 田中義一首相の個人的な性格や人生観、当時の個人的な事情も或いは絡んでくる可能性もありますねぇ…。

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