遠藤周作さんの初めて世に出た小説が『アデンまで』です。
フランスに留学していた主人公の日本人の男性であるチバが、肺を患って帰国することになり、
交際していたフランス人女性と別れ、東洋に向かう船に乗り込みます。
アフリカ系住民の女性が病に犯されたまま乗船しており、チバが看病しますが、
女性は亡くなってしまうというのがあらすじです。
文体はまだ若々しく、ある意味では青さも残っており、晩年の熟達した感じは
まだ見られません。しかし、『沈黙』や『深い河』を熟読した私にとっては、
新鮮だなあとも感じることができました。
この作品の中で主人公は白人の恋人と逢瀬を重ねるものの、白人が「美しい」のに
対して黄色人種である自分は「醜い」という劣等感を膨らませます。
戦争に勝った彼らが「正義」を代表するのに対し、戦争に負けた日本人は「悪」を
代表していることにも劣等感、怒り、憎悪を持ち、それが膨らんでいきます。
悔しさと怒りをぶつけるようにして書かれたこの作品には、まだ、遠藤周作さんの
生涯のモチーフであるイエスキリストは登場してきません。
とはいえ、まさしく遠藤先生の創作の原点にここにあるのかとつくづく
思わずにはいられません。
21世紀の今は当時とは状況がかなり変化し、人種や民族を理由にした
差別は忌むべきものだとの共通認識が持たれていると私は信じたいですが、
一方で、やはり根深いものがあるからこそ、今も某はレイシストだ!的な
批判が見られるのかも知れません。
温故知新と言いますが、60年前の古い短編小説を読むことで、現代の
ことを考えるきっかけを得たように思います。