レヴィ・ストロースの脱近代な『野生の思考』

最近はあまりポストモダンというような言われ方はしなくなってきましたし、構造主義という言葉も以前ほどは流行っていないと思います。とはいえ、現代人の教養みたいな感じで語り継がれ、読み継がれ、且つポストモダンの元祖というか構造主義の元祖というか、その親分みたいな超絶大御所がおなじみレヴィ・ストロースです。

彼は第二次世界大戦に従軍経験もありますから、近代の限界というものを実感として持っていた人だったと言えるかも知れません。近代は大量生産、技術革新、たゆまぬ増大、たゆまぬ成長をその大原則として持っています。大量生産と飽くなき成長は近代の持つ宿命とすら言えるかも知れません。そして現代人、または近代人は古い因習を捨ててその近代というシステムに順応し、そこを生きるということこそより価値の高いものだと信じてしまうものなのかも知れません。成長と自由経済的資本主義が近代の一方に存在するとすれば、そのもう一方に資本家を否定し再分配を重視する社会主義、共産主義が存在します。自由経済と共産主義経済のどちらがいいということではなく、どちらもそれなりに近代的な「完成」を目指して突き進むことをその宿命と信じられていたかも知れません。そしていつか完成するという前提で完成度を上げることに全力が注がれてきたとも言えるかも知れません。その過程にはファシズム、戦争、革命もあって、人間は進歩し、やがて世界は完成すると考えられていたかも知れません。

しかし、レヴィ・ストロースはそのような世界観から脱却せよというわけです。何故なら、人間は進歩しなくても、完成しなくても、生まれた時に既に完全な存在だからです。ヨーロッパの近代は確かに生産性を上げましたが、それは生産性のみに注目しているからであって、世界各地の非ヨーロッパの諸地域、諸民族もそれぞれに完全性を持っていて、儀礼や神話のようなものは前近代的で非論理的なものではなく、当然に合理性と妥当性を有しており高度に世界を認識する体系をそれぞれに持っていると彼は考えたわけですね。

もちろん、今どき、ヨーロッパ世界から発信されたものには高い価値があって、それ以外の世界から発信されたものの価値が低いと信じている人はいないでしょう。ですが、それを思想・哲学の観点から世界にばーんとぶっ放した元祖みたいな人がレヴィ・ストロースなわけですから、我々が非ヨーロッパ人であっても、だからと言って私たちの価値は棄損されないと信じることができるのも、レヴィ・ストロースの間接、直接のご利益を受けていると思っていいのではないかとも思います。日本でも戦争中に『近代の超克』が議論されたこともありましたが、実際には何を議論しているのかよく分からないというか、ヨーロッパ近代を否定するために結局は戦時中の知識人エリートはヨーロッパ近代の概念と用語しか持ち得なかったという反省点があるように思えます。その点、レヴィ・ストロースは突き抜けていたとも思えるわけです。サルトルともやり合うわけです。

もちろん、それにはヨーロッパが二度の世界大戦で疲弊したことが大きな背景にあると思います。生産性が向上した結果、人間を大量に死に追い込むこの世界はなんなのかという根本的な疑問があったに違いありません。フランスは戦勝国と言っても微妙な勝ち方で、ドゴール将軍の自由フランスが存在した一方で、ヴィシー政府はナチスと協力してイギリスと戦争していたわけですし、パリ解放の時にアイゼンハワーがいい人だったのでドゴール将軍に勝ちを譲ったという一応、戦勝国の体面はぎりぎり保ったというあたりの機微がレヴィ・ストロースをして脱近代を意識させたのかも知れません。日本ではアメリカというザ・近代に圧倒されたという実感があったでしょうから、むしろ近代信奉へと戦後は舵を切ったように思えますし、ぶっちぎりで勝ったアメリカもやっぱり俺たちの近代は正しいぜという風になっていったわけですが、フランスのそのあたりの微妙さがレヴィ・ストロースを生んだ土壌だったのかもとも思えます。

レヴィストロース‐人には構造がある

ベルギー出身のレヴィストロースは南米のネイティブの村落に滞在し、彼らの生活や文化を理解することにより、それらの文化、習慣が西洋のそれと比較して何ら劣るものではないということに気づきました。たとえば神話や伝承においても、冒険に出かける勇者という構図は世界のどこにでも見つけることができる点で、人類は同様の構造を持っているという指摘もしました。なんとなく、ユングの集合無意識を連想させる発想法のようにも思えます。

更にレヴィストロースは人間はそれぞれの文化によって固有の構造を有しているという立場を採り、サルトルの人間は完全自由な存在であるという立場を強く批判したと言います。サルトルの自由主義は飽くまでもヨーロッパ人の文化的帰結なのであって、世界の人々に共通しているものではないとしたわけです。人は同じ構造を持っているとしながら、固有の構造を有しているとするのは相矛盾する気もしなくはないですが、偉い先生の考えることなので、おそらくは私の気づいた程度の矛盾を解決する程度の論理武装はされていたに違いありません。

同じ構造を持つのか、それとも固有の構造があるのか、どちらであったとしても、レヴィストロースが協調したことはヨーロッパの文化文明だけで判断することは不当であるということであり、一発大きなカウンターパートをかましたと言ってもいいような衝撃的な出来事と当時の人たちは受け取ったようです。

日本人の思考構造とヨーロッパ人の思考構造との間にはおそらくは大きな隔たりがあります。日本人が遠藤周作さんの主張していたような汎神論的な思考構造で世界を捉え、輪廻転生とかご先祖様がお盆になったら帰ってくるとか、神社にはそれぞれに神様がおわすなどといったことをぼんやりと曖昧ながらも多少は信じているところがあるのに対し、ヨーロッパではキリスト教というどちらかと言えば合理的とは思えない神の奇跡をその価値の中心に置きつつ、そこに論理的矛盾が起きないように1000年以上かけて精緻に理論化し、トマスアクィナスみたいな人が神の存在を論証するということに心血を注いできた文化とでは世界の見え方が違ってくるのが自然なことかも知れないと思えなくもありません。

私は個人的には中華圏については多少は詳しいのですが、中華圏の人々の感じ方と日本人の感じ方にも大きな隔たりがあり、ぱっと見似ているだけに、そのへだたりの大きさに驚愕することはよくあります。中華圏では家族主義が徹底している感があり、家族であれば守り抜く、家族でなければ知ったこっちゃないという感性は、日本人のような遠くの親戚より近くの他人的村社会的感性とは随分な違いがあるようにも思えます。

このような、日本人の曖昧な汎神論、中華圏の明確な家族主義、ヨーロッパの論理的追及主義のいずれかが勝っていたり或いは劣っていたりということはなく、それぞれに固有の構造で世界を認識しているのだということを寛容に認め合うという意味で、レヴィストロースは高いヒューマニズムを世に知らしめたと位置付けることもできるかも知れません。

レヴィストロースは2009年に亡くなり、亡くなった時は100歳だったということですから大変に長生きで、他の哲学者や思想家のような暗さをあまり感じさせない点でも異色と思えます。

レヴィストロースとサルトルとの間に交わされた論争を経て、フランスの思想界は構造主義を超えたポスト構造主義の時代へと移っていき、そもそもヨーロッパ人が現代に至るまでの思考の構造を持つようになったのはなぜか、構造の原点は何か、或いはそれらの構造なんか全部取っ払っちまえなどの様々な百家争鳴的議論のトポスが生まれていくことになります。

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