小池百合子と石破茂と小沢一郎と渡辺美智雄と加藤紘一

2017年秋の選挙期間に突入しましたから、選挙で苦労している人に対して申し訳ないので、揶揄するでもなく、嘲笑するでもなく、真面目に小池百合子と石破茂と小沢一郎と渡辺美智雄と加藤紘一という題で考えたいと思います。

小池百合子さんは選挙後に石破茂さんの首班指名を模索したとの話が飛び交っています。私がもし石破茂さんと親しい関係であれば、断るように進言すると思いますし、多分、石破さんサイドは断っていると思います。自民党でもうあとひきなんだけれど首相になれないという人を引き抜こうとした例としてぱっと思い出すのが小沢一郎さんが渡辺美智雄さんを引き抜こうとした時のことです。一時期、渡辺美智雄さんは乗り気だったようなのですが、小沢さんとの会談予定の前日、眠れないために睡眠薬を使用した渡辺さんが朝起きれずに会談に遅刻。小沢一郎さんは予定通りに現れないのならそれまでよとピーターパンのステージを見に行ったということがありました。

小沢一郎としては渡辺派の人数が欲しかったし、渡辺美智雄さんとしては、自民党を割って出てでも首相になりたい、健康状態がよくないので今しかないという追い詰められた状態でしたが、互いに利害は一致していたとも言えます。しかし、小沢一郎がピーターパンを優先したことや、渡辺派からついてくる議員があまり多くないということで、相互の関係がぎくしゃくし始め、渡辺さんも意欲をなくし、この話はお流れになったと記憶しています。

小池百合子さんは石破茂さんに同じ手口で仕掛けたということになりますが、最近の小池さんは策士策に溺れる感が強く、今回の選挙では希望の党は必ずしも有利とも言えないようです。

さて、首相になりたくて反乱を起こした人物と言えば加藤紘一さんです。森喜朗首相の不信任決議案に賛成する構えを見せ、加藤紘一待望論が出たらそこに乗るようにして首相になるつもりだったのが、果たせませんでした。涙を拭おうともせずに自派の議員たちに敗北を告げる場面は今も鮮やかに脳裡に浮かびます。この時、「あんたが大将なんだから、あんたが行けと行けばみんな行くんだ」と励ましたのが谷垣禎一さんでした。

日本の議会制民主主義でやっかいなところは、建前では政策を同じくするものが集まって政党を作ることになっていながら、現実には権力を得るための合従連衡、個利個略が優先されてしまうことです。加藤紘一さん、渡辺美智雄さんにはある種の悲劇性がありましたが、それも政策よりも権力を優先しようとしたからとも言えます。いっそのこと党議拘束というのをなくしてしまえば、そのような悲劇も少しは減るのではないかという気がします。

安倍首相は現段階で解散を打ちたくても打てないように見える件

政治的なイベント、または外交的なイベントがあれば、すぐに解散説が出てきます。たとえば、森友学園問題では、証人喚問の終わり、出るべき話はだいたい出尽くした感があり、これを境に解散か?というような観測もなかったわけではありません。内閣支持率は概ね好調で、森友学園問題で騒ぎになってからは少しは下がりましたが、現状では回復が見られます。尤も、森友以前までほどには回復していませんから、同じやるなら今の時期は外してもう少し様子が見たいというところはあるはずです。

外交で得点して解散への流れを作りたいと安倍首相が考えていたことはまず間違いないと思いますが、プーチン訪日は実際的には空振りみたいなもので、北方領土で一機にという感じではなくなってきました。また、北朝鮮で開戦前夜(?)の空気が漂う現在、邦人保護の観点からみても米韓合同軍事演習が終わるまではとても解散している場合ではありません。外交的にはこつこつと小さく積み重ねてきた点は正当に評価されるべきと思いますから、概ね高い支持率はそのことも反映しているかも知れないですが、前回のように大きく勝てるという見込みが立つほどの感じでもなし…。というところではないかと思えます。

経済に関しては、金融緩和がそれなりに効果を上げていると思える一方で、日銀頼みの感が強く、もう一歩、抜け切れていない様子であり、失業率が史上最低レベルにまで下がったという事実は正当に評価されるべきと思いますが、21世紀バブル、21世紀元禄という感じにはほど遠く、長い目で見ると悲観したくなる材料が山積みですので、選挙で大勝利の確信を立てられるところまで来ているとも言い難いところがあります。個人消費は伸びておらず、明らかに消費税の増税の影響を引きずっていると思えますから、長い目で見るとずるずると衰退していきそうにも思えてしまい、なんとかしてくれ…。とついつい思ってしまいます。せめて東芝が救済されれば、ちょっとは明るいニュースになるようにも思うのですが、外資に買われる可能性の方が高いように思え、どうしてもぱっとした感じにはなりません。リフレ派の論客の片岡剛士さんが日銀の審査委員に就任する見込みですので、黒田総裁就任以降のリフレ政策は維持される、或いは更に深堀りしていくことが予想できますが、日銀頼みになってしまっているところが軛のようになっているとも思えますから、もう少し明るい材料がほしいところです。

しかし、安倍さんが憂慮する最大の要因は自民党の若手の議員の人たちが枕を並べて討ち死にする可能性が高いというところにあるそうです。確かに育児休暇をとると言っておきながら、不倫をしていた国会議員、重婚疑惑の国会議員など、たるんだ感じのスキャンダルが多く、20世紀型の大金を集めていたとかの話に比べれば小粒なスキャンダルとも言えますが、小粒なのに品がないという関係者であれば絶望したくなるような話題が目立っており、党の執行部であれば「このメンバーでは戦えない。外交で得点して何とか、粗を隠せないか…」という心境になるのではないかと想像できます。

2017年秋の解散説がありましたが、最近では2018年解散説まで出ています。勝てる目算が立つまではぎりぎりまで待つというわけです。追い込まれ解散になる可能性もあるけれど、それまでにいいニュースを発信できるかどうかということに賭るということらしいです。

自民党の支持率は4割近くあり、小選挙区中心の日本の選挙制度から考えれば上々と言えますし、民進党の支持率は全く上がらないというか、下がり気味であり、通常であれば自民党は楽勝とも言えますが、最近は当日になって誰に投票するかを決める人も多く、そのあたりの有権者の気まぐれの恐ろしさをよく知っているからこそ、メンバーのたるみを危惧していると言えそうです。小池百合子さんが手駒をどれくらい揃えてくるかによって今後の流れは変わってきますから、そういう意味では東京都議会選挙には注目せざるを得ません。ただし、小池さんは最終的には自民党と組む形で、細川護熙さんの時のように、少数与党ながら首班指名を勝ち取るというあたりを狙っていると思われるものの、自民党は正解遊泳型の政治家を絶対に認めないという空気も持っていますので、そのようなある種の伝統を小池さんが打ち破るかどうかは見届けたいところです。豊洲移転問題のもたつき、東京オリンピックの準備のもたつきが指摘される中、小池さんの演説力で乗り越えるのかどうかは日本の政治の将来を占う重要な材料になるように思えます。

最後に、安倍さんにとって恐るべしは小沢一郎さんかも知れません。前回の衆議院選挙でも、東北地方では自民圧勝という結果を得ることができず、小沢一郎王国が奥州藤原氏の如き強靭さを持っていることをうかがい知ることができましたが、解散時期が遅くなればなるほど、小沢さんに合従連衡の時間を与えることになります。小沢さんは党名を自由党というかつての政党名に戻しており、そこに心境の変化、心構えを見ることができます。

安倍さんとしては憲法改正可能な議席を維持したいという思いがあるでしょうけれど、上に述べたような各種不安要素を並べてみると、次も前回と同じだけの議席を確保できる見通しは必ずしも高いわけではなく、仮に現状に大きな変化が生まれないまま解散総選挙ということになれば、憲法改正はあきらめざるを得ないという結論にも至りかねません。私個人は無理をして憲法改正をする必要はないと思っていますから、3分の2以上の議席をとれるかどうかにはあまり関心はないのですが、憲法よりもまずは経済で、消費税の据え置き、できれば減税、可能なら撤廃(日本は一挙にバブル期なみの好況に恵まれることになると思います)で選挙をやってもらえないものだろうかと願う次第です。

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政治家の靖国参拝と政教分離

今さら言うまでもないことですが、日本は憲法で政教分離することに決められています。しかしながら、もしそれを厳密にやるとなると結構難しい問題もはらんできます。

政治家が特殊な宗教に入信しているなどの極端な例を持ち出す必要はなく、むしろ政治家が地元のお寺の檀家さんだったり、あるいは初詣でご近所の八幡神社に参拝したりというようなことは、日本人の一般的な生活の一部と言えますので、そこまで政教分離がーっと言うのはもしかすると少し無理があるのではないかなあと思えなくもありません。小沢一郎さんが熊野詣をしたことがありますが、そういうのもダメなのかと言えば、かえって日本人の生活感覚から乖離してしまうのではなかろうかという気もしてしまいます。

一応、目的・効果基準という概念があるらしく、政治が特定の宗教に対して「宗教的意義を持ち」かつ「援助、助長、促進又は圧迫、干渉等になるような行為」をしてはいけないということで線引きがされているようです。

三重県津市で市立体育館を作る際、地鎮祭を行ったことが政教分離の原則に反するのではないかという訴訟が起きたことがありましたが、これについては最高裁で「専ら世俗的行為」にあたるとして訴えが退けられたという判例があるようなのですが、一方で愛媛県知事が靖国神社や護国神社に戦没者遺族援護の一環として公費で玉串料を納めたことは最高裁で違憲だという判断がくだされているそうです。

公費で玉串料を納めたところで判断の違いが出たのではなかろうかという気がしなくもないですが、三重県津市の地鎮祭の件でも神主さんにはお車代くらいはお渡ししているのではないかという憶測は可能のようにも思えますので、そのへんはいいのだろうかと個人的には疑問に思えなくもありません。

さて、地方自治体の長が地元の神社の神主さんと仲良くするとかなら特に目くじらを立てて騒ぎ立てることもないように思えるのですが、総理大臣が靖国神社という論争のある場所に出かけて行くことの是非についてはどう考えればいいのでしょうか。中曽根康弘首相が靖国神社に参拝したことも訴訟で争われましたが、地方公共団体の首長の場合、住民訴訟という手段で問いかけることができるのに対し、国家に対しては住民訴訟という仕組みはなく、国家賠償請求ということになるわけですが、これについては違憲の可能性は絶対ないとは言えないけれど、原告に具体的な被害が出ていないという理由で退けられているようです。

なかなかの変化球のようにも個人的には思えるのですが、靖国神社については靖国神社そのものが政治論争の真っただ中にあるようにも思え、私もどう思っていいのか分からない…と立ち止まらざるを得なくなってしまいます。小泉純一郎さんが「心の問題だから私の自由」というのも一理あると思えますが、かくも政治性の強い論争の的になっている宗教施設に総理大臣が行くことが絶対に正しいのかと議論の刃をつきつけられれば「ぐぬぬ…」ともなってしまいそうな気がします。

私は母方の祖父が戦死していますので、何度か靖国神社に行ったことはありますが、総理大臣とか天皇陛下にも参拝してほしいとかは特に思いません。私個人の意思で行きたい場所に行きたい時に行ければそれで文句はありません。もうちょっと言うと総理大臣と天皇陛下が参拝したとしてもそんなに嬉しくもありません。私には関係のないことなので、どっちでもいいというのが本音です。愛媛県の知事が玉串料を納めたのがよくなかったみたいなので、玉串料は私費でやっていただければオーケーなのではなかろうかとも思います。尤も、天皇陛下の場合、「私費」があり得るのかという素朴な疑問は残るわけですが…。

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小沢一郎とドナルドトランプ

今さら感は多少ありますが、ドナルドトランプさんが大統領になると予想できた人はかなり少なかったはずです。私もCNNをウオッチする限り、とてもトランプさんが勝とは思えませんでした。しかし、インターネット上では確かにトランプさん支持の声は高かったことも感じました。しかし私はまさか…と思い、インターネット上での声を無視していました。今思えば自分の不明を恥じるしかありません。

なぜ私がインターネットでのトランプさん支持の声を無視していたかと言うと、過去に小沢一郎さんがインターネットでは極めて多くの支持の声を得ていながら、実際的には菅直人さんに対して敗北したという事象があったからです。

そのころ私はインターネットでかくも高い支持を得ている小沢一郎さんが菅直人さんを圧倒すると考えていました。しかし実際には小沢さんは政治的に菅直人さんに敗北しています。その経験からネット上の支持不支持は現実に反映されているとは考えにくいと判断するようになりました。

さて、トランプさんですが、ネットで検索する限り、基本的にはトランプ支持の声が圧倒的に高く、ネットだけを見ている人にとってはトランプ勝利に見え、CNNを見ている人にはヒラリーさん勝利に見えたはずです。今、FOXは明らかにトランプさんを後押ししていますが、選挙期間中はややヒラリーさん寄りだったように記憶しています。

上記のことから言えることは、小沢一郎さんと菅直人さんが敵対していた時にはネットの声と実際が乖離していたのに対して、トランプさんとヒラリーさんが戦っていた時にはネットの声が実際に近くなっていたということです。

なぜ小沢一郎さんのケースとドナルドトランプさんのケースで違いが出たのでしょうか。アメリカの方が日本よりもインターネットが発達していたからと理解するのは必ずしも正しいとは思えません。日本のネット依存率のようなものはアメリカとさほど変わらないのではないかと個人的な実感としては思います。しかしながら、時間軸が数年ではありますけれど、差異があります。小沢一郎さんと菅直人さんが内ゲバで争っていたのは2011年から2012年あたりのことです。それに対してドナルドトランプさんとヒラリークリントンさんが競い合ったのは2016年。僅か4年の違いですが、この4年の間に世の中が大きく転換し、いわゆるテレビマスメディアからネットメディアへと人々の関心が移動したために、小沢一郎さんがネットで支持を得ていた時とトランプさんがネットで支持を得た時とでは読解すべき方向性に変化が生じたという理解ができるのではないかという気がします。

ということは即ち、今後は日本の大手メディアがCNNを通じて得た情報よりも自分でネットで英語のサイトをいろいろ閲覧して得ることができる情報の方がより信頼できるということが言えるのではないか、ここ数年で一挙にそういう方に変化したのではないかという気がします。飽くまでも私がそういう気がするというだけですが、ネットでなんでも検索できる時代ですから、それだけ自分で英語のサイトも読めるようになるよう訓練しないと先を読めないということなのかも知れません。或いは今後はやたらめったら英語に強い日本人が英語のサイト情報を日本人にネットで伝えるというのが通常になるかも知れません。もちろんAIが充分に発達すれば英語を理解しない人でもAIが自動的に翻訳してくれますから、英語の能力すら必要ではなくなるかも知れません。

以上、ざっとした感想ですが、何かご参考になることがあれば幸いです。

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菅直人内閣‐…..

沖縄の米軍基地辺野古移設問題で進退窮まった鳩山由紀夫首相が退陣し、民主党トロイカ体制で無傷だった菅直人氏が首相に選任されます。菅直人首相は就任直後から反小沢色を鮮明に打ち出しており、その様子を見る私の頭の中には「内ゲバ…」という言葉が何度となく去来しました。

小沢一郎は民主党が非自民の最後の牙城と認識していたため、菅直人の攻撃に対して当面はじっと我慢を続ける腹でしたが、途中でとうとう我慢できなくなり、菅直人内閣不信任決議案を自民党に持ちかけ、自民党+民主党小沢系議員+鳩山系議員で不信任決議案を通過させるというシナリオを描きます。ところが菅直人氏が「近いうちに」後継に譲るとの声明を出し、近いうちにとはどれくらいの長さなのかという曖昧さを残しつつも、それを理由に小沢は兵を引きます。微妙な駆け引きですが、当時、鳩山系が必ずしもまとまっておらず、ほとんど有効な票として期待できなかった他、小沢系だけでは自民党と共同しても過半数には届かなかったように見えますので、小沢一郎としても本当にやって失敗してしまうよりは、菅直人と妥協して民主党政権を存続させたというストーリーに切り替えざるを得なかったのではないかという気がします。不信任案が可決されれば民主党を潰す覚悟で菅直人が解散に出るであろうことも、民主党議員の中で不安を生んだという面もあるように思えます。みんなで心中するよりは…という感じだったのでしょう。

結果、菅直人不信任決議案は緊張感のないまま投票が行われ、賛成が過半数に届かず否決されることになります。森喜朗は「小沢さんと何かをやると必ずおかしなことになるから、私は気が進まなかったんだ」という主旨のことを述べています。

菅直人の不人気の要因としては尖閣海域で日本と中国の船が衝突した件について動画を隠しておきながら、後から海上保安庁の職員の人が動画をyoutubeにアップロードしたことにより真相が国民に伝わり民主党が訴えていた「情報公開」が全然逆のベクトルに向いていたことがわかってしまったというこがあったかも知れません。仙石官房長官が「動画が流出した件について中国に説明しなければならない」と発言したことも、当該の動画については外に出さないという密約があったことを想像させるもので、こういうことも不人気の要因になった可能性もあります。

更に大きいのは東日本大震災での対応が後手後手に回り、どうもいろいろ隠しているらしいという雰囲気になってしまい、それも不人気に輪をかけたように思えます。

菅直人首相は「近いうちに」と言葉を濁して延命するつもりだったようですが、「発言通りに早く辞めろ」という圧力が強まり、菅直人内閣は総辞職し、仙石さんにかわいがられていたと言われる野田佳彦氏が後継首相に指名されることになります。


鳩山由紀夫内閣‐善意の人ではあったと言える

麻生太郎首相の行った衆議院選挙で民主党が圧勝し、鳩山由紀夫内閣が登場します。発足当初、国民からは熱狂的に歓迎され、国際社会からも大いに注目され、アメリカのオバマ大統領も鳩山さんにはとても友好的な感じでした。

地球温暖化対策の二酸化炭素の排出削減に対して積極的で、リベラルのいい面が出ているようにも思え、私も鳩山由紀夫さんには肯定的な意見を持っていました。

小沢一郎さんへの非難が大きくなる中、小沢さんに対しては「首相にしていただいた」という恩義を感じているという主旨の発言をして、簡単に人を見捨てないというようにも見えて、個人的にはそこも好印象です。

しかし、沖縄の米軍基地辺野古移設問題に対して「最低でも県外」と発言したことが基でいろいろなことが空転していきます。別の基地の予定地を何とかしなくてはいけないのですが、別の土地がさっぱり決まらず、見つからず、周囲も天手古舞のききりまいで鳩山由紀夫首相は総辞職を表明することになります。オバマ大統領の周辺からも「鳩山はルーピーだ」という言葉も日本に漏れ伝わるようになり、政権末期はかなり無惨です。一年持たなかった政権ですから、熱狂から辞職まではあれよあれよという間の急転直下な印象すら与えます。

民主党は小沢一郎、菅直人、鳩山由紀夫の「トロイカ」体制で引っ張って来られた政党ですので、小沢一郎が資金問題で前に出られない、鳩山由紀夫が「一丁あがり」で、順当に菅直人政権が登場し、民主党は内ゲバの時代へと入っていくことになります。


福田康夫内閣‐大連立構想

第一次安倍晋三内閣が総辞職すると、自民党の後継総裁に福田康夫が勝利し、福田康夫内閣が登場します。福田康夫さんは元々政治家になるつもりのなかった人で、50歳を過ぎてから突如福田赴夫の後継者として政治家になった人ですが、小泉純一郎政権で官房長官を担当し、突如辞任したことから、総理大臣候補として取り沙汰されるようになっていきます。

安倍晋三さんが首相になる際にも福田待望論は起きたのか起こしたのか何とも言えませんが、いずれにせよそれまでとは違った路線を打ち出そうとしていたように見受けられます。自身の任期中に衆議院選挙もあり得るという状況だったため、その辺りのプレッシャーは強かったかも知れません。

参議院では民主党が圧倒的だったため、ねじれを解消する目的で民主党党首の小沢一郎と大連立構想をまとめようとします。一旦話はまとまったものの、民主党内部から猛反発が起き、小沢一郎は大連立を断念。電話で福田さんに断念する旨を伝えたと言われています。

小沢一郎は民主党内部が自民党との連立に大反対だったことを受け「自分への不信任だとみなす」として代表辞任を表明しますが、鳩山由紀夫らの懸命な説得で留任を表明します。徳川慶喜ばりの瀬戸際交渉とも言えますが、過去に竹下金丸が小沢一郎をさんざん説得しても首相を受けなかったことを考えると、鳩山由紀夫の説得を受け入れた分、小沢一郎は丸くなったということもできるかも知れません。

福田康夫は内閣を改造し、この改造内閣で総選挙に臨む可能性もありましたが、改造後一か月ほどで総辞職を表明します。果たして福田内閣は何だったのかという疑問は残らなくもありませんが、小泉政権でかくも強さを見せつけていた自民党が小沢民主党にかなり圧迫されるようになり、自分の手では解散総選挙は打てないという考えが福田さんにはあったのかも知れません。

衆議院の任期満了が近づく中、政権は麻生太郎に譲られます。麻生太郎は選挙をさせられた首相みたいに言えるかも知れません。


第一次安倍晋三内閣‐窮する

賛否両論ある小泉純一郎の長い時代が終わり、第一次安倍晋三内閣が登場します。安倍氏は保守色が強いことで知られていたため、強い拒否反応を示すメディアもありましたが、当時の安倍氏には批判を恐れずに信念を貫くという意識がおそらくは強かったのではないかと推察できます。

北朝鮮の核実験に対する経済制裁の方針を打ち出し、国連北朝鮮制裁決議を引き出したり、韓国の廬武鉉大統領との会談や中国の胡錦涛主席との会談するなどして、北朝鮮封じ込めの戦略をとっていたようです。

一方で国内政治では、小泉改革への反動の機運のようなものが生じており、安倍氏は小泉氏によく仕えた人で、路線的にも継承していますので、そういう意味での風当たりは強かったかも知れません。大臣の不祥事の続発も安倍政権に打撃を与えていました。また、小沢一郎さんが民主党党首に迎え入れられ、選挙で安倍氏を苦しめることになっていきます。

小沢一郎は小渕恵三首相が倒れた後は、ただただ黙して選挙で手勢を増やして行くということに徹しており、それが自民党の議席ではなく民主党の議席を奪っていくという形で進んだため、当初非小沢野党として結党した民主党としてはこのままでは小沢氏の党に野党第一党のポジションを奪われるという危機感があり、小沢一郎を民主党に取り込むことで、小沢に食われるという現象を食い止めたという面があったように思えます。参議院選挙で民主党が大躍進を果たし、自民党としては小沢一郎の選挙の強さに改めて舌を巻かざるを得なかったわけですが、これを受けて、自民党内では安倍おろしが表面化し、福田康夫首班が取り沙汰されるようになります。

安倍晋三さんはこの難局を内閣改造で乗り切るつもりだったようですが、改造後一か月ほどで体調不良を理由に総辞職を表明します。安倍さんが若いころ胃腸がよくないという話は流れていましたが、それを理由に総辞職するというのは多くの人に衝撃を与えたようです。強いプレッシャーによる健康不安は普通の人でもあることですから、そういった諸事情で心が折れてしまったのかも知れません。

安倍晋三さんは後に、55年体制以来初となる首相再登板を果たしますが、人間修行を積み、より柔よく剛を制す感じになっており、長期政権になっています。安倍さんを支持するか支持しないかは別の問題として、失言、失態、凡ミスが少ないという点に、過去の失敗からよく学んだのだという印象を受けます。


小泉純一郎‐功罪

森喜朗首相時代、加藤の乱で加藤紘一さんが失脚し、森喜朗内閣総辞職後にYKKで末席だったはずの小泉純一郎が自民党総裁に当選します。賛否両論ある小泉・竹中改革の始まりです。

細かいことはいろいろ省いて本質的なことを考えてみるとすれば、小泉改革の基本スタンスは小さな政府を理念としており、その理念通りにできるだけ政府のプレゼンスを小さくし、民間に任せられることはこれも可能な限り民間に任せるということに尽きると思います。なぜ民間の方が効率が良くなるのかと言えば、民間では多くの企業が試行錯誤をして最も良いパフォーマンスを出したところが生き残るという「適者生存」の法則みたいなものが働くためで、必然的に大競争社会となり、能力主義となり、勝ち組と負け組の違いがよりはっきりと目に見えるようになります。一方で、能力さえあれば面倒な手続きや前提や前例がいろいろ取っ払われる状態であるために敗者復活がしやすく、失敗から学んで立ち直るというところに人生が期待できるようになるとも言えるのではないかと思います。

不良債権処理が強行されたのも、そもそもパフォーマンスの悪いことをしている企業がお金を還せないのなら、仕方がない。むしろ早く整理して銀行のバランスシートを健全化させた方が広い意味で世の中にためになるとする新自由主義的な発想で行われたものであり、郵政民営化も、上述のような経済原理が働くために結果としては広い意味で国民のためになるという判断が働いたと私には思えます。郵政民営化に関しては小泉純一郎の父親からの因縁も囁かれていますが、個人的な彼の思いがあるにせよ、上のような理論化がなされていることは疑いの余地のないことのようにも思えます。

このあたり、賛否両論あり、どちらが正しいということは簡単には結論できませんが、小さい政府という理念を理解していない、またはその理念を拒否したいという人にとっては小泉改革は単なる弱い者いじめに見えるかも知れません。一方で、小さい政府論者からすれば、その素朴なまでの理念一直の姿勢にある程度の評価を与えることができるということになるのではとも思えます。

大きい政府がいいのか小さい政府がいいのかは、人それぞれの価値観の違いが含まれてくるので、なかなか難しいところというか、議論が埋まって行かない、永遠に議論が尽くされることのない深い溝を感じます。小泉時代の前半では不良債権処理のために多くの人が「情け容赦ない」という目に遭わされ、後半では構造改革と銀行のバランスシートの健全化の効果が表れて好景気に沸きます。ここはもう、どこのポイントをとって議論するかで小泉・竹中改革に対する評価は二分するとしか言えません。小泉純一郎の小さい政府路線はそもそも小沢一郎が日本改造計画で提唱していたものでもあり、小沢一郎からすれば自分がやろうと思っていたことを小泉純一郎がやってしまったという面もあり、この辺りから小沢一郎の政策に関する主張が変節していきます。

外交ではブッシュジュニアに平身低頭していたとも言え、「ポチ保守」とも揶揄されましたが、現実主義だとすれば確かに筋が通っているとも言えます。

印象深いのは日朝平壌宣言で、拉致被害者の人が帰ってきたことで、それまでなんとなく半信半疑でもあった北朝鮮による日本人拉致事件が本当だったということが証明されたことの衝撃は大きかったですが、同時に横田めぐみさんがお亡くなりになったということで話をつけたことなどが批判の対象にもなっています。

政局家として小泉純一郎氏を見るのであれば、奇人変人と言われつつも、実は大事なところはしっかり見極めているということに気づきます。即ち、YKKのメンバーである前に福田系清和会の政治家であるという自覚は常に揺らいでおらず、森政権時代にYKKと清和会が利害相反した時には清和会の政治家としての立場を優先しています。結果としては清和会の支持なくして小泉政権はあり得ませんでしたので、押さえるべきところは押さえておけば後は適当でいいという勘所を知っていたとも言えるかも知れません。小沢一郎の離党騒ぎで主要メンバーの人間関係がズタズタになってしまった田中系政治家との違いが際立っているようにも思えなくもありません。

優勢解散で圧倒的に勝利し、5年の長い政権を終えた後、小泉純一郎は安倍晋三に禅譲し、自民党は麻生・谷垣・福田・安倍の時代に入ります。さらにその後、リーマンショックでいろいろめちゃくちゃになって、民主党時代を迎えることになります。

小渕恵三内閣‐小沢劇場再び

参議院選挙で勝利できなかったことで橋下龍太郎首相が退陣すると、小渕恵三さんが次の首班指名を獲得します。就任当初から「パッとしない」と不人気で、海外のメディからは「冷めたピザ」と揶揄されます。小渕さんは地元に中曽根康弘福田赴夫がいたため、「ビルの間のラーメン屋」と揶揄されたこともあるほか、私の記憶では北野武さんが「海の家のラーメン屋。期待してなかったけど食べると意外と旨い」と言っていたように記憶しています。

いずれにせよ、そういうパッとしない感じで始まった小渕政権ですが、小沢一郎の自由党と公明党と連立を組むことで、参議院の劣勢をカバーし、周辺事態法を成立させ、労働者派遣法を改正し、現代のいわゆるハケン労働にも道を開いています。また、とにかく経済を良くすることに力を入れていわゆるバラマキを盛大に行い、国の借金は大いに増えましたが、結果は株価は上がり、経済全体も明るい希望が指した面があったと言えるかも知れません。政局はまたしても小沢一郎のウルトラCを狙う小沢劇場にもなっていきます。

意外といろいろ仕事をした小渕政権ですが、小沢一郎と会談した直後に倒れてしまい、帰らぬ人になってしまいます。小沢一郎は小渕首相に自民党と自由党を一旦解党し、再び自民党として結党するということを求めており、なんでそんな面倒なことをしなくてはいけないのかというと、小沢一郎は自民党に復党を果たしたいものの、細川政権時代に自分たちで作った選挙法に縛られてしまい、比例代表制がある以上、一回解党しないことには合流できないという足かせになってしまっていたようです。結局、この話は成立せず、小渕恵三さんは小沢一郎さんに「一ちゃん、またやろうな」と言ったとも言われていますが、両者でどのように話し合われたのか分からない部分も当然残されています。

国会で小渕恵三さんの追悼のための演説が行われることになった際、民主党党首の鳩山由紀夫氏が追悼することになっていたらしいのですが、小渕恵三さんは鳩山氏から国会で追及を受けていたため、遺族の鳩山由紀夫氏に対する心情が甚だしく悪く、遺族の意向で村山富市氏が追悼しています。

任期中に過労で倒れた首相ですので、どうしても同情的になるというか、そういう人を悪く言うことは心情的に憚られてしまいます。

小渕恵三首相が突然倒れて意識不明になった後、当面は青木幹夫氏が臨時首相代理を預かりますが、事前にそう指定されていたわけでもなく、小渕氏の容態からして青木氏を指名する余裕はなかったため、そこに疑惑の目と批判の声が集まります。個人的には全くの想定外で小渕さんが倒れてしまったわけですので、とりあえず何とかするしかなかったでしょうから、その点で青木氏を責めるのは酷なように思えます。

一方で、後継総裁については当時の五人の長老議員が密会して森喜朗氏が指名されるということになり、日本の後継首相を密談で決めたことに対する批判は今もあるようです。森氏の反論では、中曽根裁定で竹下氏が指名された時や、椎名裁定で三木氏が指名された時に比べれば、透明性は高いということらしいです。いずれにせよ、森喜朗内閣が登場します。