禁煙と禁酒‐ミニマリストへ

昨年から私はしばらく断酒していた。それからしばらくして飲むようになったが以前ほどは飲まなくなった。そして最近、タバコをやめて、お酒は本当に飲みたいと思わなくなった。というのも、自室でタバコを吸いながらお酒を飲むというのが私にとっては最上の楽しみだったのだが、タバコをやめたらお酒も別においしいと思わなくなってしまったのである。今の私にとって、お酒は費用対効果の悪い嗜好品になってしまった。従って、もう、自発的にお酒を飲むことはないだろう。これはそんなに悪いことではない。私の生活はお金をますます使わない方へと向かっている。さきほどスーパーマーケットまで豆乳と便秘茶を買いに行った私は帰り道、ここまで来たらミニマリストを目指すしかないだろうという心境になった。

私はミニマリスト初心者なので、諸先輩方ほど上手にできるかどうかはこれからだが挑戦してみる価値は充分にある。禅寺の坊さんとか、茶道を極めた人とかはミニマリストを理想にしていた。苦行をするのではない。無駄なことをやめて生活を可能な限り簡素なものにし、それを楽しむのだ。今の私ならそれができるかも知れない。お金をかけずに崇高な何かに到達できるとすれば、それはベストではないか。タバコをやめてから自宅の無駄なものを捨てるようになり始め、だいぶすっきりしてきた。すてればすてるほど不必要なものが目に入らなくなるので、楽に過ごせるのだ。繰り返しになるが初心者なのでどこまでできるかは不明だが、やれるところまで、極められるところまで目指してみたい。








禁煙して思う‐タバコを吸うのは無駄遣いである

タバコをやめて一か月近くが過ぎようとしている。便通がうまくいかないのが悩みだが、喫煙欲求はない。体重は更にやや増えたので、プロテインを中心にした食生活をより徹底したいと考えている。

何年か前に半年ほど禁煙したことがあったが、その時はタバコを吸っている人を見るとうらやましくてしかたがなく、なぜ自分がこのようなことで苦しまなければならないのかと腹が立った。だが、今はタバコを吸っている人を見てもうらやましくならないので、今回は再びタバコに手を伸ばすことはないだろうと楽観できている。

禁煙に成功した人は喫煙者に対して厳しい意見を持つことが多いらしいから、私ももしかするとそうなる可能性はある。今のところは喫煙者に対して厳しい意見は持っていないものの、タバコを吸っている人を見ると「あー、無駄遣いしてるなあ」と思ってしまう。タバコは人生に必須の品物ではない。社会的な圧力を受ける嗜好品だと言える。そのため、それにお金を使うのはもったいないなあという気がしてきたのだ。喫煙所に溜まっている学生たちを見ると、将来、禁煙させられる日が来るだろうと想像し、わざわざ禁煙の苦労をするためにお金の無駄遣いをしているのだと思えてきて、かわいそうにすら思えてくる。

タバコをやめてから、外出する際に失火の心配をしなくていいし、近隣住民から苦情が来るのを恐れつつ吸うということもしなくていいのは気が楽になった。

喫煙者が禁煙するには、全く別の人間に生まれ変わるぐらいの覚悟が必要というのをどこかで読んでことがあり、それを読んだ時は「私は私であり、なぜ別の人間にならなければならないのか」というような心境になったが、今は少し違う。人は変わっていくことができるからこそおもしろいのである。私はミニマリストを目指したい。タバコも吸わず、お酒も飲まず、食事の量も少なく、身軽でロハスで倫理観はちゃんとあるみたいな人だ。室内のものを少しづつ捨てていて、いずれ室内は本と最低限の家具だけになるのではないかと思う。心境が整えば部屋も整う。自分を高める修行のようなものだと思って取り組みたい。