アメリカ映画『ミリオンダラーベイビー』のアメリカ的価値観

クリントイーストウッドという人はアメリカ的な価値観が本当にそれでいいのかを何度も何度も問いかける人です。なんでそこまでやるのかと首を傾げたくなることもしばしばです。『アメリカンスナイパー』では、正義の戦争しているはずの優秀なアメリカ軍の狙撃手が深く心を病んでいく様を描き、アメリカにとって絶対に絶対に正義の戦いだったはずの太平洋戦争についてはアメリカ的栄光の絶頂ともいえる硫黄島で星条旗がはためく写真に水をさすような映画を撮り、太平洋戦争中の日本兵に感情移入させる映画も撮っています。

私は日本人ですから、彼の映画のメッセージに異議を唱える必要は特にありませんが、民主党的でも共和党的でもない彼なりのアメリカに対する疑問を作品を通じて繰り返す問うことへの動機は気にならなくもありません(本人曰く共和党支持だそうです)。

『ミリオンダラーベイビー』は、不遇な過程で育った三十過ぎの女性がボクシングを始め、運と努力とコーチとのチームワークで頂点へ上り詰めようとする映画です。まさしくアメリカンドリームと呼ぶにふさわしく、彼女は正統な手段によって名声と大金を手にします。しかし、チャンピオンシップの試合で相手の卑怯な攻撃によって首から下が動かなくなるというアクシデントに見舞われ、彼女は死を願うようになり、下を噛んで自分の命を絶とうとします。コーチ役のクリントイーストウッドが彼女の強い意思を知り、延命装置を外し、彼女の願いを叶えてどこへとも知れずに立ち去ります。アメリカンドリームの負の部分、即ち「挫折」とどう向き合うかという重苦しい問題が登場人物たちの人生に重くのしかかります。アメリカンドリームはガッツのある人物に「夢」は約束しますが、結果は約束できません。また、弱い者が切り離される、見捨てられる、忘れられるという栄光に対する影の部分は語りがりません。この映画はそこに向き合おうというか、観客に負の部分をしっかり見せようとしています。

クリントイーストウッドはその決心をする前に教会の牧師さんに相談しますが、もちろん、絶対だめだと言われます。クリントイーストウッドは毎週教会に通うマジメな信徒ですが牧師さんは「それまでの敬虔な信仰の全てを台無しにする」とまで言って認めてはくれません。それでもクリントイーストウッドは決心して、彼女の願いを叶える行動をとるわけですが、教会の救いに対してすら疑いを持っていると受け取ることができ、世界一キリスト教徒的な社会と言えるアメリカに対して深い疑問を突き付けているとも言えそうです。「教会の牧師さん」としましたが、設定ではクリントイーストウッドはアイルランド人ということになっているらしく、もしかするとカトリックの神父さんかも知れません。アメリカではカトリックとプロテスタントの溝には深いものがあるので、もしカトリックだとすれば、更に複雑な要素が映画に組み込まれていると言うこともできるかもしれません。

アメリカ映画では黒人はいい人で描かれるのが黄金パターンですが、この映画ではいい黒人さんも悪い黒人さんも登場します。私にはクリントイーストウッド流の人種差別の克服法のようにも思えます。

トランプさんを応援した支持層にウケる映画のようにも見える一方で、トランプさんを支持する層にこそ「そこにお前らの問題がある。気づけ」と言っているようにも見えます。考えれば考えるほど複雑です。考えるのが好きな人にはお勧めの映画ですから、一回でも観るとああでもないこうでもない、ああかもしれないこうかもしれないその日一日ぐるぐると考えてみるのもいいかも知れません。

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