パリの地下鉄の話

パリの地下鉄は入り組んでいてすぐには理解できません。何度も乗っているうちにだんだん便利に使えるようになっていきます。パリ市がそんなに広いわけではないことと関係しているのかも知れないですが、駅と駅の間隔が短いです。エリア的に被っている路線が多いので、自分の行きたいところへ行くのに乗り換えの手間を少なくすることができます。ニューヨークの地下鉄は大阪と同じで縦横そろっていて分かりやすいですが、パリの地下鉄はロンドンや東京みたいにぐねぐねしているので、乗り換えポイントを理解するまでは少し時間がかかります。理解したら楽ちんです。

パリの地下鉄は結構、汚れています。下北沢のちょうどいい感じに年季の入った劇場みたいに、いい感じに汚れています。へんなにおいもしています。何のにおいかはっきりとはわかりませんが、多分、人間の体臭100年分みたいな感じだと思います。慣れればどうということはありませんし、ちょうどいい感じの汚れ方と合わせて雰囲気を楽しめる気がします。ちょっと銀座線に似ていなくもないように思います。

パリの地下鉄はシテ島に集まるようにできています。シテ島周辺に3つか4つくらい駅があるので、大抵の路線からシテ島にいけます。便利です。シテ駅から歩いてすぐにポンヌフ駅があるみたいな感じです。

パリの地下鉄構内にはストリートミュージシャンも結構います。レベルは高いです。バイオリンでクラシックをやっている人もいれば、レゲエをやってる人もいます。

レゲエをやっている人たちの写真です。
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この人たちもレベル高いです。楽しんでます。髭とか服装とかドラマチックです。そういう人があちこちにいます。楽しいです。

昭和天皇は皇太子時代に第一次大戦後のパリを訪問しています。亡くなった後、遺品の中にパリの地下鉄の切符があったそうです。ヨーロッパ旅行が人生で一番楽しかったと後に述懐しています。今でこそパリは「ロマンチック」な歴史ある古都ですが、1900年ごろのパリはロンドンと並ぶ世界の中心、近代の源みたいな場所です。1900年のパリ万博で市の南西側を中心に再開発が進み、エッフェル塔とかオルセーとかが作られましたので、昭和天皇が訪問した時は、そういう時代の最先端の空気があって、当時はまだまだ若いですから、きっといろいろなことを感じたのだろうと思います。

そういう意味では最近のパリはちょっとぱっとしないかも知れません。時代の最先端という感じとも言いにくいかなあという気はします。人口は第二次大戦のころに300万ありましたが、今は200万くらいです。衰えたわけではなく、パリのイメージがあまりにも「ロマンチック」なため、世界のお金持ちが住みたがり、地価が高騰して普通の人はなかなかパリ市内に住めません。ドーナツ化現象を起こしていてパリ郊外で暮らす人がとても多いそうです。結果としてパリはセレブと観光客ばっかりの街になり、普通の人の割合が少ない、ちょっと不思議な街になっているような気がします。もっとも、古いパリの景観は残しつつ、新しいビジネスセンターみたいな地区もありますので、私が古いパリばかり歩いたからそんな印象を持ったのかも知れません。

個人的には地下鉄がすごく好きです。世界中どこへ行くにしても地下鉄のある場所に行きたいです。日本で暮らす場合は私鉄沿線でもOKです。なんか話が脱線してしまいました。地下鉄だけに。

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ベルサイユ宮殿に行った時の話

ベルサイユへはパリ市内から小一時間電車に乗っていきます。駅を降りると普通の街並みですが、改札を出て右へ歩き、最初の大きな角を左に曲がると少し遠目に立派なベルサイユ宮殿があります。駅の方からみて丘の上になるように考えて作られていて、ルイ14世が自身の「君臨」ぶりを見せつけることを意識していたことが分かります。

てくてく歩いていくと観光客の行列が見えます。現地ツアーに申し込んだ人や団体さんはすっと入れますが、個人旅行でぶっつけで来てる人はここで延々と待たなくてはいけません。朝10時ぐらいに着いたのですが、ぎっちり人が並んでいます。入れるまで2時間半ぐらいかかりました。

ただ、入ってみればいいところです。こじゃれています。天井画も家具も壁もこじゃれています。おーさすがだなー。と思います。かつての王の寝室とか、全部廊下でつながっていて、博物館を見るみたいにしながら歩いて行けます。実は当時からそのような作りになっていて、王家の人々の生活(顔を洗ったり食事をしたり)は全部公開されていたそうです。不思議な習慣ですが、王は国民のものなので全て公開しなくてはいけないみたいな話だったそうです。思いついたのはルイ14世でしょうから、絶対王政がちょっと変な方向に向き始めていたことが分かります。

鏡の場は立派です。とても広いです。第一次世界大戦後のベルサイユ会議のメイン会場に使われた部屋です。鏡がばーっと並んでいます。体育館くらいの広さがあります。しかしベルサイユ宮殿のおもしろいところは「母屋」だけではありません。広大な庭があります。市町村一個くらい入りそうなほどの広い庭です。広大の庭の中には第二宮殿みたいについて使われた「グラントリアノン」、ルイ16世が結婚の時にマリーアントワネットにプレゼントした「プチトリアノン」、マリーアントワネットの田舎風趣味を現実のものにした「農村」などがあります。

グラントリアノンはまあまあいいですが、第二宮殿ですから、ベルサイユの母屋を小さくした感じで、当時の美術に詳しくない人にとっては大体同じ感じに見えなくもありません。プチトリアノンはわりと素朴で、建物は白が基調で、ベルサイユ宮殿みたいにごてごてとデコっていません。マリーアントワネットはプチトリアノンがお気に入りで、大体そこで暮らし、友達を集めて遊んでいたそうです。気になるのは「農村」ですが、本当に田舎の農村風の民家があります。人は住んでいるわけではなく観光用みたいです。マリーアントワネットが素朴な田舎趣味を好んで作らせたとのことですが、当時、本当に人が住んで普通に農業とかしていたのか、それとも単なるデモンストレーション、エグジビションのつもりで建ててあっただけなのかはどこにも書いてありませんでした。フランス史を勉強して、それもブルボン王朝専門とかの人でないと知らないのかも知れません。

それらの場所には始めは歩いて行くつもりでしたが、あまりの遠さに断念し、庭園の中を小さな列車が走ってますのでそれでグラントリアノンまで移動。その後は普通に歩いて見たいものを見たという感じです。庭園ではじゃがいもをふかして売っているお店がありましたので、それを購入。じゃがいもとバターのシンプルな味がよかったです。いろいろ工夫するよりこういうのが一番いいんじゃないかなぁとか思ったりしました。

ベルサイユの庭園で食べたジャガイモ。フランスで食べたものの中ではこれが一番おいしかった気がします。
ベルサイユの庭園で食べたジャガイモ。フランスで食べたものの中ではこれが一番おいしかった気がします。

マリーアントワネットが愛した農村。当時人が暮らしていたかどうかは不明。
マリーアントワネットが愛した農村。当時人が暮らしていたかどうかは不明。

ルイ16世とマリーアントワネットのエピソードはパンフレットとかにいろいろ書いてあります。マリーアントワネットがこっそり作らせた自分だけでゆっくり過ごせる密室があった話とか、密室の窓から抜け出して遊びに行っていた話とか、恋人ができたときの話とか、そういう感じのやつです。一応、人妻なわけですが恋人を作ってはいけないような気もしますが、当時のフランス貴族はそのあたり、婚姻と貞操の関連性がどうなっていたのかが私には知識がないですし、そういうことについて議論している本も読んだこともないので、それについては永遠の謎です。

こんなあほみたいにデコりまくった建物を作らせたのはルイ14世ですが、どうしても世間は私も含んでマリーアントワネット=ベルサイユ宮殿で贅沢生活。というイメージが先に来ます。ショップでもマリーアントワネットの肖像画の入ったクリアファイルとか売っています。マリーアントワネットものは売れ筋なのに違いありません。1789年に起きたフランス革命でルイ16世一家はチュイルリー宮に移らされ、次いでタンプル塔に移され、ルイ16世はそこから革命広場に引き出されて断頭台にかけられます。マリーアントワネットは更にシテ島のコンシェルジュリーに移され、裁判にかけられて最期はやはり革命広場で断頭台にかけられます。そういう事情を現代の我々は知っているので、デコった宮殿が悲劇的に見え、人をひきつけるのではないかと思います。




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『2001年宇宙の旅』のAI

キューブリック監督の『2001年宇宙の旅』は有名すぎる映画なので、私が詳しく内容を語る必要は特にないと思います。ただ、いよいよ『2001年宇宙の旅』的な世界が現実になりそうだという予感がするので、ちょっと話題にしたいなあと思います。

何がどんな風に現実化するのかというと、この映画ではHALというAIが登場していることです。HALはミッション遂行のために完全な頭脳を使って全力を尽くします。宇宙船に乗っている人間はHALが仕事をしてくれるので楽しく過ごしていればいいです。HALの仕事の成果を確認したり必要に応じてHALに命令すればそれでOKです。

しかし、困ったことに人間は矛盾した生き物です。命令内容に矛盾が起きます。行動にも矛盾が起きます。感情にもムラがあります。HALが背負っているのは人類の永遠の繁栄のための宇宙探査という十大な任務です。言動の矛盾する人間はミッション遂行の障害になる恐れがあります。人間を監視します。分析します。判断します。追放します。HALが人間を冷徹に追放する場面は怖いです。ぞっとします。「人間様に何をしやがる」と腹が立ちます。しかし、HALの方が優秀です。人間には歯が立ちません。

『2010年』という映画があります。2001年の続編です。HALはえらい博士と仕事をしています。とてもいい関係です。観ている側はHALが再び反乱を起こすのかと不安な気持ちで展開を追うことになります。人命救助のためにHALが破壊されなくてはならないという展開が起きます。HALが自己保存のために反乱を起こすのではないかと観ている側は予期します。HALはえらい博士に説明を求めます。博士が「そうしなければみんなが死ぬ」と説明するとHALはそれを受け入れて、自身がターミネートされることに同意します。「HALっていいやつじゃん」と誰もがHALを見直します。HALが博士に「(ターミネート後に)私は夢を見るでしょうか?」と質問します。博士は「分からない」と返答します。ちょっと泣けます。

HALはミッションに忠実で、人命の大切さを理解しており、自分よりも他人の命を優先することができます。それでもいろいろ矛盾が起きると人間を追放するという想定外のことが起きてしまいます。バグが起きて暴走したらターミネーターみたいになるのかと不安になります。東大のえらい先生とかはそういうのは一笑に付します。自分で作ってると「そんなのが近い将来作れるのなら苦労ねぇよ」くらいのことがと分かるからだと思います。SF好きにとっては私の生きてるうちにHALみたいなのに登場してほしいです。これは願望とか妄想の類です。

SF作家のアイザックアシモフがロボット三原則を書いています。「1、人に危害を加えない 2、人の命令に従順である 3、上記の原則に反しない限り自己防衛をする権利がある」というものです。そうなるためには誰かがそうなるようにプログラムしないといけません。価値観だけは人間が決めなくてはいけません。価値観は人によってバラバラです。よってどんな風な価値観がプログラムされるかは全然わかりません。AIに監視されて管理される時代が来て、自分の価値観とAIにプログラムされた価値観が矛盾するといろいろ困ります。誰が作るかによって違ってくるのでは困ります。あるいはそういうのもどんどん進化していって最終的な形は誰が作っても同じになるかも知れません。

実際には完璧なAIができあがる前の調整期があって、チャップリンの『モダンタイムス』の21世紀版みたいなことも起きるかなあとか思います。実現してみると今生活と大して変わらなくてあっけないかも知れません。タイピングの変換予測とかAIみたいなものですから、今すでにある程度浸透していると捉えることもできます。働かなくてよくなる時代が来るかも知れないことに魅力を感じている私は怠け者です。

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カルチェラタンを歩いた話

セーヌ川左岸と呼ばれる地域、フランス文化の中心で、世界への情報発信の中心地と呼ばれている場所がカルチェラタンです。そんなことを聞いたら、そりゃ期待して訪れるものです。ヘミングウェイがカルチェラタンのカフェで小説を書いてたとか、今も若い作家を目指す人がカフェでなんか書いてるとか、そういう「伝説」の場所。「聖地」みたいな感じです。セーヌ川がパリ市を東西に突っ切っていて、河口(西に向かって流れています)方面に顔を向けて左側が左岸、右側が右岸です。「セーヌ川左岸」という言葉の響きがかっこよすぎです。ルーブル博物館はセーヌ川の向こう岸になります。

カルチェラタンはシテ島の目と鼻の先にあります。実際に行ってるみるとエリア的には狭いです。私は「カルチェラタンは多分、下北沢と神保町を足して二で割った感じのところではなかろうか」と想像していて、本屋さんの軒先に古本が並んでいるようなところとか見たいなあと思っていました。歩いていると、古本が並んでいるらしきところがあります。おー、あった。この角を曲がれば古本屋さんがざーっと並んでいたり、この道を進めば文化人が集う味なカフェ並んでいたりするに違いないと歩みを進めると普通の街角に出ます。ん?と思ってもう一回最初のところまで戻り、どこか曲がり角を間違えたのだろうかと思って、いろいろくるくる歩いて見ますが、それらしきところがありません。地図を何度も確認しましたが、確かにここはカルチェラタンエリアです。要するに狭いです。そういうエリアはちょっとしかありません。実感としては百メートル四方くらいかそれよりもうちょっと大きいくらいしかないかなあという感じです。世界の文学青年が集うには狭いです。

とはいうものの、私はフランス語が読めるわけでもなく、カフェでコーヒーを飲むのなら他にもいくらでもあるわけで、ぶっちゃけパリならではのカフェより普通のスターバックスの方が落ち着くという気もするので、私としては実際に生でカルチェラタンがどんなことろが見れたというだけで満足できます。

レストランがいろいろありましたので、田舎風フランス料理みたいな意味の看板が書いてあるところに入って食事しました。水をくれというと有料のミネラルウオーターが出てきます。水道水をくれというと無料の水道水が瓶に入って出てきます。パリは空気が乾燥していていくらでも水を飲みたくなるので、個人的には水道水をたくさん飲みたいですが「水道水をくれ」の発音ができないと有料の水が出ます。たまには有料のミネラルウオーターもきっと健康にいいかも知れません。カルチェラタンには二度行って、二度とも同じレストランに入り、二度目はがんばって水道水を出してもらうことに成功しました。料理の味はおいしいですが、日本のファミレスの方がおいしくて値段も安いなあと思います。日本っていろいろ凄いです。

近くには大学が多いようです。パリ第〇大学とか、そういう感じのがあります。パリはいったい第何大学まであるのかと思って人に聞いたら13まであるそうです。全部足してソルボンヌ大学になるそうです。ちょっと意味不明ですが、それぞれの国にはそれぞれの学制があります。留学してみたいなあとちょっと思いましたが、多分、内容についていけないと思います。自信のある人はぜひ挑戦してみてほしいです。

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ルーブル美術館に行った時の話

ルーブル美術館はシテ島からとても近いです。入り口はガラスのピラミッドになっています。いつからそうなのかは知りません。ピラミッドに入ってエスカレーターを降りて、チケット売り場に辿り着きます。ミュージアムパスを持っていったらそれを見せるだけで中に入れてもらえます。

ルーブル美術館の展示品はオルセー美術館とかオランジュリー美術館とかよりも古い時代のものが中心です。宗教画が沢山あります。聖書の一場面を再現しているのが多いです。イエス様とマリア様の絵がいっぱい見れます。ルネッサンス期のものも展示しています。ダヴィンチの『モナリザ』もあります。ものすごく人がいっぱいいてとてもゆっくり見れません。それでも「本物を見た」という満足感が得られます。とても有名な『サモトラケのニケ』もあります。ニケのスペルはNIKEです。ナイキです。『サモトラケのニケ』の像は発見された時に既に腕がありません。巨大な立像ですから、長くて大きな腕がついていたのだろうと思います。いろいろ想像できますが、もちろん本当のことは分かりません。昔、恐竜の想像図が適当だったのと同じです。今の恐竜の想像図が適当かどうかは知りません。

中東の出土品とか地中海世界の出土品とかいろいろあります。アッシリアとかヒッタイトとかフェニキアとかクレタ島とかの情報に雪崩のように触れることができます。だんだんどれがどれなのか分からなくなっていきます。ですが、美術品を大量に見れるのは幸福です。個人的に所有したいとは思いませんが、時々見に行きたいです。エジプトのものもいろいろあります。保存状態の良いミイラも見れます。ナポレオンが持って帰ったのかなあと思います。ですがナポレオンは作戦がうまくいかなくて部下を見捨てて自分だけ帰還していますので、ミイラを持って帰れなかったかも知れません。作戦がうまくいかなくなる前に輸送したのかも知れません。でっかい石像とかだと触る人が時々います。触りたい気持ちは分かりますが、触ってはいけません。

ルーブル美術館の展示品の石像。触りたくなりますが、触ってはいけません。
ルーブル美術館の展示品の石像。触りたくなりますが、触ってはいけません。

イスラム世界の特設コーナーもありました。イスラム世界のことはよく分かりません。オスマントルコの時代は数学とか芸術とか、ヨーロッパよりも主流だったと聞いています。特設コーナーの解説によるとイスラム世界はとても広いです。ロシア、インド、トルコ、アラブ、アフリカとユーラシア大陸の中心部分を制覇しています。更にインドネシアとかタイとかにもイスラム教の人たちがいます。イスラム教にはそれだけのパワーというか伝播力があったのだと思います。

ヨーロッパの中世から近代にかけての芸術は結構、ロマン主義です。聖書を題材にした絵は見る人が故事に思いをはせたり、敬虔な信仰心を確認したりすることに役立ちます。ルネッサンスの人物像もそこにドラマが込められています。印象派は「自分にはそう見える」という意味では個人主義的で、他者とロマンを共有するというのとは違いますが、きれいできらきらした感じになるという意味ではロマンチックなものを求めていると思います。一方で、イスラム世界の芸術はロマンよりも理性や論理を重視しているような気がします。宇宙の法則を見つけて再現している感じです。なので幾何学模様とかシンボルマークとかが多いのだと思います。作成した人は宇宙の再現に使命感を持っていたような気がします。素人の想像です。

ナポレオンの戴冠式の絵はどでかいです。自分で自分の頭に冠を載せたという有名なやつです。ナポレオンの性格が想像できます。

ナポレオンの戴冠式の様子を描いた絵。どでかいです。
ナポレオンの戴冠式の様子を描いた絵。どでかいです。

ナポレオン三世が生活していた場所も再現されていて公開されています。豪華な上にこじゃれています。快適そうです。ナポレオン三世にはあまりいい印象はありません。ですが、おじさんのナポレオン一世よりは趣味が良かったのかも知れません。
ナポレオン三世の生活が再現されている部屋
ナポレオン三世の生活が再現されている部屋


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シテ島の話

セーヌ川の中にシテ島があります。ノートルダム寺院とかコンシェルジュリーとかポンヌフの橋とかあって観光客が押し寄せる場所です。ノートルダム寺院はでかいです。ノートルダム寺院の夜のミサに参加して、おーノートルダム寺院でミサ受けてるぜとか思うとちょっと得意気な気分になります。気分だけです。シテ島に行くのに警察官の人に道を聞いたら「la cite!」と言ってたので、島は女性名詞だということを知りました。フランス語では女性名詞の冠詞がlaで男性名詞の冠詞がleです。『ラセーヌの星』というアニメがありましたが、これもla seineです。セーヌ川の星という意味です。大人になってからようやく分かりました。興味のない人にとってはどうでもいい話です。

マリーアントワネットが最期まで監禁されていたコンシェルジュリーもシテ島にあります。ルイ18世の時代に公開されて、今も公開されています。コンシェルジュリーは留置場兼刑務所で、お金を払えばましな生活ができたそうです。

ポンヌフの橋があります。ポンヌフとは新しい橋と言う意味です。ポンが橋でヌフが新しいです。ですのでポンヌフの橋と言うと、新しい橋の橋ということになり頓智問答みたいなことになってしまいます。ですが日本語の便宜上ポンヌフの橋と呼ぶことにします。ポンヌフの橋は新しい橋という意味なのに実はシテ島で一番古いそうです。何百年か前に出来たときに「新しい橋だ、新しい橋だ」と言ってるうちに定着し、古くなっても同じ呼び方がされています。上の写真は地下鉄のポンヌフ駅構内のものです。シテ島とその周辺には地下鉄の駅が集中しています。

東京の新橋にポンヌフという立ち食いソバ屋さんがあります。新橋だからポンヌフという名前にしたんだと思います。名前はしゃれてますが普通のそば屋さんです。普通においしいです。最近は電通の人とか日本テレビの人とかがポンヌフまでおそばを食べに来ています。

話が脱線しましたが、ポンヌフの橋はシテ島の一番西側にあります。エッフェル塔がよく見えます。ロマンチックです。オルセー美術館も見えます。ルーブル美術館も近いです。一人で行くのはもったいないです。私は一人で何度となくその橋を渡りました。一人旅をためらっていては私は旅行に行けません。だからこれでいいのです。

パリ市は昔はシテ島の内側だけで街が構成されていたそうです。セーヌ川に囲まれているので安全性が高く、そこに人々が集まって暮らしていたそうです。バイキングがノルマンディあたりからセーヌ川をさかのぼってよく攻めてきます。抵抗したら皆殺しになるのでお金を払って帰ってもらいます。お金がもらえるのでバイキングは時々来ます。その都度お金を払います。一体いつまで続くのか…と不安になりますが、やがてバイキングの子孫はノルマンディ公になってイギリス王朝を開いて100年戦争までやりますのでいつまでも終わりません。100年戦争が終わった後、イギリスが攻めてくるとかはなくなりましたが、その後もイギリス王はフランス王を自称するようになります。戴冠式で「私はイギリス王でフランス王だ(他にもいくつか兼ねてるぞ)」と宣言します。今はどうかは分かりません。イギリスの王朝は何度か系統が交代している(血縁はつながっているが家名が変わる)ので系統によって違うのかも知れません。

シテ島はパリの中心でいろいろ便利そうですが家賃がめちゃめちゃ高いそうです。フランスの上位5パーセントの富裕層しか住めないそうです。うらやましいです。シテ島にマンションがあったら友達を呼んで飲み会がしたいです。

シテ島からセーヌ川左岸(東西に流れるセーヌ川の南側の河岸)へ歩いていくとカルチェラタンに行けます。

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パリのタンプル塔跡を通りかかった話
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パリのタンプル塔跡をたまたま通りかかった話

フランス革命でルイ16世一家はベルサイユ宮殿からパリ市内のチュイルリー宮殿に移動させられます。ベルサイユ宮殿がヨーロッパ一の豪奢な建築だったのに対し、チュイルリー宮は久しく人が使っていなかったため、あちこちほこりを被っていて設備も故障が多く、手狭でマリーアントワネットはたいそう意気消沈したと言います。チュイルリー宮はルーブル宮の近くにあります。

当時、フランス国民と議会は絶対王政には否定的でしたが王制の維持には肯定的で、ルイ16世一家に命の危険が及ぶ考えていた人は少ないと言います。ただ、革命を経験して人々の心のうつろいやすさを見ているルイ16世とマリーアントワネットの目から見れば、とても安心できる状態ではなかったかも知れません。

一家は馬車で密かにパリを脱出し、ヴァレンヌで捕まえられるという有名なヴァレンヌ事件が起きます。これで世論が一機に硬直し、王の処刑を叫ぶ人々が登場したと言われています。そういう意味ではターニングポイントですが、王家の人々から見るとそれ以前から既に警戒しなければならない空気が感じられたのかも知れません。

いずれにせよ、それにはよって王家はタンプル塔に監禁され、犯罪者同様の扱いを受けるようになります。その場所はセーヌ川右岸、パリ3区になるので、パリ同時多発テロがちょうど発生した地域とある程度重なるのではないかと思います。

私がパリに行ったのはテロ事件の前の年だったので、そういう悲痛な場所だという感覚はありませんでした。滞在中はなんとなく気になって、フランス革命の関係した場所に行きたいなあという思いが湧いてきて、タンプル塔もできれば見に行きたいと思っていましたが、どこにあるのかもよく分からず、観光客が訪れるには若干マニアック過ぎるので地元の人に質問したら怪しまれはしないかと不安になり、諦めようかと思いつつたまたま歩いていて通りかかったのがタンプル公園で、詳しい本には今は公園になっていると書かれていて、もしかしてここかと。念ずれば通じる現象が起きた感じです(私の人生でそういうことはめったに起きないのですが…)。

ルイ16世はタンプル塔から革命広場へと引き出され、断頭台にかけられます。マリーアントワネットはタンプル塔からシテ島内にある裁判所兼留置場みたいな機能を持っていたコンシェルジュリーに移動させられ、二ヶ月ほどの裁判の期間を経て最期は革命広場で断頭台にかけられます。コンシェルジュリーから革命広場へと引き出される時の肖像画が残されていますが、大変につかれた様子で、ベルサイユ宮殿に残されている華やいだ感じの肖像画とは別人に見えます。描き手のくせの違いもあるはずですから、簡単に結論できませんが、あまりにも違うのでマリーアントワネットは直前に別人と入れ替わったとする生存説もります。でも、もし本当に脱出できていたらオーストリアに帰って子どもの救出のために全面戦争をしたでしょうから、多分、脱出した可能性はないと思います。

ベルサイユ宮殿の離れ、グラントリアノンだったかプチリアノンだったかに展示されていたマリーアントワネットの肖像画の写真です。華やかです。多分、プチトリアノンだったと思います。

マリーアントワネットの華やかなな感じるのする肖像画です
マリーアントワネットの華やかな感じるのする肖像画

息子さんのルイ17世はタンプル塔で激しい虐待を受けて亡くなってしまいます。娘さんのシャルロットは生き延び、王制が復活したら王族としての生活を送りますが、当時、両親と弟を死に追いやった人々を決して赦さなかったと読みました。ルイ17世が受けた虐待はここで書くことを憚られるほど酷かったようです。素直にかわいそうだと思います。

ナポレオンが政権を取った時に、おそらくは忌まわしいという理由でタンプル塔は取り壊され、今はその跡地が公園になっています。超絶合理主義者だったであろうナポレオンらしいように思えます。このナポレオンの判断には好意的な印象を持ちました。

子どものころにやっていたラセーヌの星というアニメでは息子さんと娘さんは救出されます。マリーアントワネットは子どもの安全に確信を持ち、安心した表情で革命広場へと連れて行かれます。王家一家があまりにも残酷な運命を迎えたのが辛いので、そういう明るい終わり方を作者が選んだのだと思います。

ベルサイユ宮殿に展示されているマリーアントワネットと二人の子どもの肖像画です。幸せそうです。その後の運命のことを考えると見るのがちょっと辛いです。

マリーアントワネットと二人の子どもの幸せそうな肖像画
マリーアントワネットと二人の子どもの幸せそうな肖像画


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ウンベルトエーコ『薔薇の名前』の本と毒と笑い

ウンベルトエーコ先生の『薔薇の名前』はヨーロッパ中世の歴史に対する深い造詣によって支えられた凄い物語だと言われています。あんまり深いので普通の日本人にはどこに知識が生かされているのかよく分かりません。でも多分、ディテールがめちゃめちゃしっかりしているのだろうと思います。知識がなくても楽しめる本です。身もだえするほど面白いです。素人でも玄人でも楽しめる本です。

中世のいずれかの時代の、ヨーロッパのいずこかの物語です。主人公の修道士の若者が師匠と一緒に旅をしていて、ある時、とある修道院に辿り着き、しばらく寄宿させてもらいます。修道院で暮らす修道士の人々は、あんまり尊敬できる感じではありません。だらっと生きています。聖書を書き写すのが日常の仕事です。ノルマも特にありません。わりと楽して生きていて、そんなに規律正しくもありません。修道院の年老いた偉い人たちは若い修道士に対していろいろ怒っています。「ワインを飲んでもならない」という規則があったのに、最近では「ワインを飲み過ぎてはならない」と言わなくては誰も規則を守らない、それだけ若い人がなってないなどとにがにがしく思っています。

「最近の若い連中は…」という愚痴は古代ギリシャの文献にも出てくると言います。「最近の若いやつは…」は時代を超えた普遍的な愚痴のパターンだということが分かります。私もおしゃべりばっかりしている学生を見ると「最近の若いやつは…」と思いそうになります。そしてそのたびに「あ、これは普遍的な愚痴のパターンだった」と思い直します。学生を笑わせるつもりでジョークを言ってすべった時はかなり落ち込みます。その時に私は「今の若い人はセンスが悪いから俺のジョークが理解できなかったんだ」と思うことで自分を防衛しようとします。それから、「あ、そうだ。ジョークが面白くなかったのはジョークを言った人間の責任だ」と思い直します。「最近の若いやつは…」は絶対に言わないと誓っていないと言いそうになるので要注意です。でもなんだかんだ言って教師は自分の学生には甘いものなので、学生がちょっといい子にしていると過去の悪い態度とかすっかり許してしまいます。教師なんて簡単でいちころな存在です。

話が脱線しましたが、イシグロカズオさんの『忘れられた巨人』に出てくる修道院の人たちもいわば世捨て人、悪い言い方をすればちょっと社会不適合な感じの人たちみたいに描かれていますが、エーコ先生の『薔薇の名前』の影響を受けたのではないかという気もしなくもありません。

滞在中に殺人事件が起きます。水槽から両足を出して死んでいるとか、金田一耕助の『犬神家の一族』みたいな死に方をしています。他にも何人も死人がでます。でも死因が全く分かりません。外傷がありません。自殺というわけでもありません。どうして死んだのかさっぱり分かりません。完全犯罪です。読者もこの段階では首をひねるしかありません。

師匠が事件を解くカギをいろいろ集めて最後には犯人を突き止めます。犯人はこの修道院で一番偉い老人です。老人がある本に毒を塗っていました。その本を読んだ人はページをめくる際に唇に指をあて、指を少し湿らせてページをめくります。それを繰り返すうちに毒がその人の体内に入り込み、本を読み終わってしばらくすると死んでしまいます。外傷も残りません。解剖でもしないと分かりませんが、法医学とか司法解剖とか多分まだない時代なので、犯人の自白がない限り、死因は永遠に分かりません。この完全犯罪の手法は池澤夏樹さんの『マシアスギリの失脚』でも政敵の暗殺方法として使われています。作品の中で「ネタ元は『薔薇の名前』だ」と読んだことのある人にだけ分かるように書いてあります。他に『王妃マルゴ』という映画でも同じ方法で王様が死んでしまいます。『マシアスギリの失脚』では二時間くらいで死んでしまいますが、『王妃マルゴ』では何日もかかって死んでしまいます。そんな細かいことはどうでもいいと言えばどうでもいいです。

問題は動機です。毒が塗られていた本はアリストテレスの喜劇に関する本です。アリストテレスは笑うことは健康にいいと書いています。しかし、修道院では笑ってはいけないという規則があります。アリストテレスのような超有名なギリシャ時代の書き手が「笑いなさい」と書いていることがバレると結構まずいです。一番いいのは本を捨てることですが、人類共通財産である本を捨てることはためらわれます。従って、本を読んだ人、内容を知った人だけを確実を殺さなくてはいけないという結論に達し、本に毒を塗ったというわけです。

『薔薇の名前』は人類史上最高の推理小説みたいな言い方をされます。その通りだと思います。読んでいる時は面白すぎてしびれます。早く続きが読みたくて身もだえします。でも分厚いので読み終えるのに時間がかかります。本に書いてる字も小さいです。でも面白いので問題になりません。読み終えるのがもったいないと思ってしまうので、もっと長い物語になっても文句はないくらいです。



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スポンサーリンク(映画版です。ショーンコネリーが師匠をやっていてかっこいいです)


パリのフリーメイソン博物館に行った時の話

パリのフリーメイソン博物館はわりと庶民的な場所に建っています。建物のある通りには中華料理屋さんとかクレープ屋さんとかがあって、観光客というよりは地元の人がよく利用している場所といった感じです。その通りに一つだけやたら近代的な、またはやたらポストモダン的な派手な建物があります。映画館かアトラクションかどちらかだろうと私は前を通るたびに思っていたのですが、ホテルの人に「フリーメイソン博物館に行きたい」と話したところ、道と住所を教えてもらって辿り着いたのが、そのやたらと派手な建物でした。

フリーメイソン博物館に入るのは緊張します。都市伝説とかでいろいろ聞いているので、どんなところか不安になります。入場料を払うところで「フリーメイソンの会員でなければ入れない」とか言われたらどうしようと思います。しかし普通にお金を払ったら入れます。多分、クレジットカードもOKです。チケット売り場には30代くらいの男性がいて、ちょっと強面です。私が近づいていくと普通に英語で値段を教えてくれて、手際よくチケットを渡してくれました。スタッフの人の前でカメラを取り出しましたが、何も言われません。スタッフの人の目の前でシャッターを切っても何も言われません。ご自由にどうぞという感じです。

お皿とかいろいろな日常的に使う道具が展示されていて、どの展示品にも有名な定規とコンパスのシンボルマークが描かれています。説明は全部フランス語なので、何が書いてるのかはよく分かりません。フランス語は基本の文法は勉強したことがあって、語彙は英語と似ているのもの多いので、説明の文とにらめっこしているとだんだん分かってくることもありますが、いっぱい説明文があるので疲れてしまうので読むのは諦めました。展示されている品物は定規とコンパスの絵が描かれている以外はたいてい、いたって普通のもので、都市伝説的に大騒ぎしなければいけないようなものは特にありません。客はほとんど入っていません。秘密結社なのにこんなに堂々と博物館をやっていいのかという疑問は解決しませんが、スタッフの人に質問しても多分、「文句あるのか」くらいのことしか言われない気がするので、その疑問については気にしないということにしました。でっかいパピルスみたいなのにいろいろ書いてあるのがありましたが、何が書いてあるのか分からないので、分かったふりをして2,3分眺めて通り過ぎました。

隣には年季の入った感じの本屋さんがあったので入ってみると、フリーメイソン関連の本ばっかりです。ほとんどフランス語の本で、ちょっとくらい英語の本もあったと思います。『フランス革命とフリーメイソン』みたいな本もあります。フリーメイソンって実は大っぴらな組織なのではないかという気がしてなりません。フリーメイソンの理念は「自由・平等・博愛」です。私も自由平等博愛には賛成です。いい理念です。ということはフリーメイソンは良い組織なのではないかという気がします。実態を知りませんので推測です。私の推測ではいい組織です。20年くらい前にフリーメイソン結成195周年記念の儀式みたいなのがマスコミに公開されて、セレモニーマスターみたいなことをしているのは英国王室のエジンバラ公でした。フリーメイソンの一番偉い人がエジンバラ公なら信用もばっちりです。偽有栖川宮みたいな人がトップに出てきたら怪しいですが、そういうわけではありません。

アメリカ独立戦争のバックにはフリーメイソンがいたという話があります。明治維新もフリーメイソンがやったという人もいます。フランス革命もフリーメイソンがやったとすれば、大体どんなことを目指しているのか方向性が見えてきます。都市伝説や推測を集めて私がさらに想像力をたくましくしているのだけなので、本当のことは分かりません。珍しい博物館に入れてよかったです。東京にも作ってほしいです。フリーメイソンの会員になってみたいです。誰かに誘ってほしいです。


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イギリスのEU離脱が決まった件

今、6月24日午後2時過ぎです。イギリスのEU離脱がほぼ決まりのようです。BBCのHPを見たところ、離脱派は100万票以上の差をつけて勝利しています。グラフでは離脱派がちょうど過半数くらいです。残り票を分け合うとしても、離脱多数で決まりです。

YoutubeでBBCのライブを見ていますが、コメント欄は離脱派の勝利の凱歌で溢れかえっています。品の良くないコメントもあります。そういうコメントが書き込まれるのは世界中どこにでもあります。

先日、「イギリスはEU離脱しない」と予想しました。外しました。事前調査で残留派が僅差で有利、出口調査で残留派が4パーセントリードで、それでもやっぱり離脱派が勝つとは…。何故…どうして….。外して恥ずかしいです。自分に対して恥ずかしいです。神様と世間様に謝ります。すみませんでした。

心理的なショックで治りかけの風邪がひどくなってきました。軽く微熱も出ています。今日は夜間の学生に教えに行かなくてはいけません。個人的には寝込んだ方がいいのです。でも、こんなことが起きているのに寝込んでいられません。

BBCのYoutubeライブに拠りますが、スコットランドの独立派の人たちはさっそく、今後は独立の機会を伺うと表明しているそうです。キャメロン首相はスタンドアップコメディの主人公になった気分に違いありません。私は自分でブログに予想を書いて冷や汗をかく愚かなピエロです。

EUの終わりの始まり。エヴァンゲリオンで言えば新劇場版の二作目の最後の場面、赤城博士の「世界が終わるのよ」の台詞を聞いているような、ナウシカで言えばドルクの焦土作戦でオウムの大群が人の世界へ流れ込み、世界の終わりへと導かれていく場面を読んでいるような気分です。

偉そうに、いい気になって、「イギリスはEU離脱しない」とブログに書いた自分に対して「何様のつもりか」と問わなくてはいけません。これからもブログ続けたいので、続けるためにも今日は懺悔です。ごめんなさい。反省しています。

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