『ガンダム』が素晴らしい理由を改めて考える(劇場版第一部編)

『ガンダム』シリーズはファンも多く、日本アニメの最高傑作の一つに数えられているということは、ここで特に述べる必要もないほど当たり前のことです。

改めてなぜ素晴らしいのか、その理由を考えてみたいと思います。

1、ザクがドラマチック

モビルスーツでありながら歩兵を連想させるザクの草色。顔周辺の意味深なチューブ。源平の鎧を連想させる左肩の盾。敢えてアナログな機関銃。自在に動く一つ目。と、見れば見るほどほれぼれするほどドラマチックです。劇場版第一部では永井一郎さんのナレーションの後に最初に登場するのが宇宙空間で移動するザクのアップです。この場面でぐっと来た人は多いはずです。最初から我々男性の中二心を撃ち抜いてくれます。

2、シャアがクールすぎる

もはや言うまでもないですが、シャアを初めて見たときの衝撃は言葉にできません。かっこいいです。声がいいです。要するに池田秀一さんがすばらしいです。よく鍛えられた均整の取れた体格に軍服がよく栄えます。階級もなかなかちょうどいいです。少佐という階級が絶妙です。尉官だと少し軽い感じがします。大佐だとかなりの幹部です。少佐というあたりがちょうどいいのです。「しょうさ」という音の響きもいいです。ルウム戦役で二階級特進してますので、ルウム戦役の前は中尉です。大尉ならまだいいですが、中尉だとやはりちょっと軽いです。「ええい、連邦のモビルスーツは化け物か」などの台詞もいちいちかっこいいです。サイド7の港に侵入した時の軽やかな身のこなしなどもクールすぎてあんな風になりたという我々男性の中二心を撃ち抜いてくれます。大気圏突入時の戦闘シーンにぐっと来た人は多いはずです。

3、登場する女子に中二心を刺激するタイプが多い

フラウボウはいたって普通です。軽く地味な感じのミライヤシマもどこかで会ったことがありそうな気がします。秀才タイプのセイラマスのことも、「あぁ、こういうタイプいるいる」と思います。三人とも中学生のころにクラスにいそうなタイプです。フラウボウはアムロレイのガールフレンドで、こんな感じの恋愛がしたいなぁと憧れる中二男子にとって手に届きそうなタイプでついつい自分をアムロレイに仮託し、恋愛している気分になれます。少し観方を変えると、ホワイトベースクルーの女子率は結構高いです。ホワイトベースが合コン状態、「あいのり」風になっていることも観る側の心理に影響を与えているのではないか、続きが見たいという心境になるのではないか思います。セイラさんのアップで「あなたなら、できるわ」にぐっと来た人は多いはずです。更に年上タイプのマチルダ中尉が登場しますので、中二男子はここで押し切られてしまいます。学校にはあまりいなさそうなお嬢様タイプのイセリナも登場しますので、きっと好きなタイプが見つかります。

ただ、『銀河鉄道999』のメーテルや『宇宙戦艦ヤマト』のスターシャのようなブロンド長髪美人は登場しません。この辺り、作者の好みがよく出ているようにも思えます。

4、シャアの真の目的が明らかになるのがドラマチック過ぎる

ガルマを戦死に追い込むところでシャアの高笑いが響きます。「君のお父上がいけなかったのだよ」で観る側は「なんだとぉぉぉぉっ」となります。物語の続きが気になり、次の哀戦士編まで興味が引っ張られていきます。

5、「坊やだからさ」

なぜ我々はガンダムが好きなのでしょうか。中二男子を刺激する要素に溢れているからです。即ち結論は我々がガンダムを見続けるのは、我々が永遠に坊やだからです。

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パリのユダヤ人街に行った時の話

パリのユダヤ人街はマレ地区にあり、シテ島からも近い場所にあります。シナゴークがあるというので、一度シナゴークを見てみたいという希望を前から持っていたので、見学しに行くことにしました。

カトリックの教会やイスラム教のモスクは解放されているところが多く、何気なくふらりと立ち寄っても誰に文句を言われることもありません。シナゴークもそんな感じだったらいいなあと思い、行ってみたところがっちりドアは閉まっていて鍵も中からかかっている様子です。どこか裏口からノックすれば誰かができて見学させてくれたりしないだろうかとも思いましたが、なんとなく断られそうな気がするし、そもそも裏口を探してシナゴークの周辺をうろうろ東洋人は他の人から見ればかなり怪しいかも知れないので、入り口のダビデの星を撮影するだけで諦めました。

街を歩く人を見てその人がユダヤ人がどうか私には判別できません。ただ、せっかくなのでユダヤ人街の雰囲気が感じられる場所に行ってみたいと思い「イスラエル料理」の看板のかかったお店に入ってみました。イスラエル料理を食べるのは初めてです。ちょっとボリュームのあるサンドイッチはなかなかおいしく、パリで食べたものの中でも特においしいものの部類に個人的には入ると思います。日本から見てイスラエルはちょっと距離的に近いので味覚も少しは似ているのかも知れません。

イスラエル料理レストランで食べたサンドイッチの写真です。

イスラエル料理のサンドイッチです。ボリュームもあっておいしいです。
イスラエル料理のサンドイッチです。ボリュームもあっておいしいです。

お店にはユダヤ教の帽子を被っている人がお客さんにいて「おー、やっとユダヤ人街の雰囲気を感じられる」と私は満足感を得ることができました。

イスラエル料理レストランの中の風景
イスラエル料理レストランの中の風景

シテ島にもタンプル塔跡にも近く、カルチェラタンにも歩いて行ける場所にあります。セーヌ川沿いは観光客向け色の強いアトラクションやお店が多いです(それはそれで楽しいです)が、ユダヤ人街はセーヌ川右岸の角をちょっと曲がったところにあり、角に入っただけでとたんに観光色が薄らいで地元色のようなものが濃厚になります。旅行する身としてはそういう雰囲気のところを歩きたいので、大変満足な一角です。

パリ同時多発テロがあったのはこの周辺ですので、そのことはとても残念です。



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パリのオペラ座を見に行った話

パリのオペラ座はセーヌ川右岸にあり、シテ島ルーブル美術館のあるエリアからは若干歩きます。オペラ通りをてくてく歩きます。地下鉄だとオペラ駅で降りると、ちょうど入り口の前に出られます。地下鉄でももちろんいいのですが、歩いた方がいろいろ見れて楽しいなあと思えるくらいの距離です。

公演のない時期もオペラ座内を見学することができます。やたらとこじゃれていて、オペラ座内部を見るだけでも十分に価値があります。もし、次に行けるチャンスがあれば、公演を見てみたいです。時期によってはバレエとかやってるそうです。『オペラ座の怪人』がこのオペラ座のことかどうかはなんとも言えません。モデルにはなかったも知れないですが、「実際にこのオペラ座のことだ」という前提があるというわけでもない気がします。オペラ座の怪人では、オペラ座は潰れてしまいますが、実際のオペラ座はそんなことはないからです。

観客席のステージの天井にはシャガールの絵が描かれています。「オペラ」というと多少古風な感じがしますが、天井がは前衛的だなあという印象を受けます。シャガールはロシア人で、ロシアアヴァンギャルドの系譜に入るのだと思いますが、オペラ座の天井画はそこまでビビッドではありません。きれいで、うっとりするような華やかな色使いで、でもちょっと前衛的です。特定の人物や物語をドラマチックに描くわけではなく、人の心に浮かんでくる美しい何かを描いているという感じではないかと思います。

上演されるホール以外の廊下とか展示品とかも非常にこじゃれています。ベルサイユ宮殿よりオペラ座の方がデコっている感じがします。展示品の中には精巧なオペラ座のミニチュアとかそういうのもあります。上演を見なくても、廊下とかでぼんやりするだけで結構、価値があると思います。入場料はそんなに安くないので「建物を見るだけでそんなにお金をとるなんて…」と思いましたが、入って見れば納得します。過去の上演の動画を繰り返し見せてくれる部屋もあるので、そういうのも楽しめます。

オペラ座の廊下の内観。私が見たパリの建物の中で一番デコっています。きれいです。
オペラ座の廊下の内観。私が見たパリの建物の中で一番デコっています。きれいです。

オペラ座はガルニエ宮とも言います。紛らわしいのでどっちかにしてほしいです。地元の人に道を聞くとき「ガルニエ宮はどこですか?」と聞くと相手は少し考えます。「オペラ座はどこですか?」だと一発です。

オペラ座の外観です。
オペラ座の外観です。

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モンサンミシェルに行った時の話

世界遺産にも登録されているモンサンミシェルは、児玉清さんの『アタック25』に優勝すると行けるというだけで私にとっては随分とプレミア感がある場所です。

ベルサイユでもバルビゾンでも自力で地下鉄、鉄道、バスと乗り継いで行きましたが、モンサンミシェルだけは自力で行く自信がなく、鉄道が通ってるかどうかも分かりませんし、バスは一本間違えればどこへ行くかも分からないという不安があって、現地でにオプショナルツアーに申し込みました。「ノルマンディとモンサンミシェル昼食付き」の日帰りツアーです。モンサンミシェルは遠いです。パリから400キロくらい離れています。東京と名古屋くらいの距離がありますから、ほとんどバスの中です。モンサンミシェルを見ることさえできれば満足だツアーです。パリに戻ってくるときは深夜です。

高速道路で西へ西へと向かう旅は、第二次世界大戦の時、ノルマンディ上陸以降にパリへ向かった連合軍とちょうど反対方向です。バスから見える平地を眺めれば、この辺り一帯で連合軍とドイツ軍が撃ち合っていたのかなぁというような想像力が働きます。
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ノルマンディで15分くらいの休憩が入ります。これでツアーの名目通りノルマンディに行ったことになるので約束は一つ果たされました。かわいい家が並んでいます。ノルマンディ上陸があった場所は近いのでしょうけれど、映画で観るのは砂浜に向かって上陸していく様子なので、私が訪れたような港湾が整備されている場所という感じではありません。ただ、上陸したラインはけっこう長いらしく、映画でやるのは一番激戦だった場面を再現しているので、簡単には判断ができません。
ノルマンディ

ノルマンディを後にしてモンサンミシェルが見えるレストランで昼食を済ませ、いよいよ念願のモンサンミシェル突入です。モンサンミシェルへと続く道は潮が満ちると海に沈み、潮が引いている時だけ渡れるという場所で、かつてから巡礼の人が難儀する場所として知られていましたが、最近は近くで水利工事が行われて以降、砂がたまるようになり、全然そういう心配はないそうです。しっかり道が整備されていて、安全にわたれます。

モンサンミシェルは修道院として建てられましたが、砦だった時もあれば監獄として利用されていたこともあるそうです。修道院として使う場所としては、ここは世間から隔絶されて瞑想生活に入るのに適しているように見えます。『薔薇の名前』の修道院もこんな感じか?とも思います。ただ、私の中では薔薇の名前の修道院は山の中です。砦に使用したならば、満潮時に敵が潮で流されていきますので難攻不落感が強いです。世間から隔絶されるという意味では監獄としても最適のように思います。ドームみたいな広い部屋がたくさんあります。お土産屋さんもたくさんあって、仲睦まじい男女がたくさんいます。うらやましいです。海の方に目をやると、広い広い干潟が広がりとてもきれいです。
モンサンミシェルの周囲の干潟

私が『アタック25』に出る前に児玉清さんが亡くなってしまいましたが、自分で行ったので出られなくても満足です。児玉清さん、ありがとうございます。

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モンマルトルの丘へ行った話

パリ市内を歩いていると、モンマルトルの丘がしょっちゅう目に入ってきます。シテ島より北側あたりにいれば、ほぼどこからでもモンマルトルの丘が見えます。

丘の上には真っ白な教会があります。やたらきれいで目立ちます。ただ、地下鉄で行くにしてもちょっと遠いですし、ガイドブックによるとその丘に行くには最寄りの駅から更に上り坂を結構歩くと書いてあるので、少し躊躇してしまいます。「ま、いいか」と思います。しかし、毎日歩いてると丘の上の真っ白な教会が見えてきます。ポンピデューセンターからも見えます。だんだん気になってきます。やっぱり一度見に行っておこうかという気持ちになります。

モンマルトルの丘
ポンピデューセンターから見えるモンマルトルの丘

地下鉄の最寄り駅を降りて、標識に従って坂を上るとサクレ・クール寺院に辿り着きます。大きな寺院です。中に入るのは自由ですが中での撮影は禁止されています。イエスキリストの大きな画があります。とても大きい、何十メートルという感じの大きな画です。サクレ・クール寺院の完成は1914年で、内側に書かれているイエスキリスト様も時代の影響を受けている気がします。美術には素人ですが、「アールデコっぽい」かなぁと思える感じです。かなぁ。です。私たちが一般的に想像するイコンとはだいぶ違います。もっと普通の人間ぽいです。ルネッサン期のようなドラマチックな感じでもないです。もうちょっと優しい感じです。普通の人ですが、非常に度量の大きいお兄さんという感じです。作られた時代にも関係するのか、若干、現代アートの雰囲気があります。一般開放されたのは1919年ですから、第一次世界大戦後の疲れたフランスの人々に「さあ、どうぞ、憩いの場にしてください。大きな大きなキリストの愛を感じてください」という主旨なのだろうなと想像したりしたわけです。

サクレ・クール寺院からはパリ市が一望できます。とてもいい気分です。ここへ来たときはパリ旅行もほとんど終わろうとしている時で、面倒かなぁと思いましたが、一見の価値はあったと思います。

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パリの地下鉄の話

パリの地下鉄は入り組んでいてすぐには理解できません。何度も乗っているうちにだんだん便利に使えるようになっていきます。パリ市がそんなに広いわけではないことと関係しているのかも知れないですが、駅と駅の間隔が短いです。エリア的に被っている路線が多いので、自分の行きたいところへ行くのに乗り換えの手間を少なくすることができます。ニューヨークの地下鉄は大阪と同じで縦横そろっていて分かりやすいですが、パリの地下鉄はロンドンや東京みたいにぐねぐねしているので、乗り換えポイントを理解するまでは少し時間がかかります。理解したら楽ちんです。

パリの地下鉄は結構、汚れています。下北沢のちょうどいい感じに年季の入った劇場みたいに、いい感じに汚れています。へんなにおいもしています。何のにおいかはっきりとはわかりませんが、多分、人間の体臭100年分みたいな感じだと思います。慣れればどうということはありませんし、ちょうどいい感じの汚れ方と合わせて雰囲気を楽しめる気がします。ちょっと銀座線に似ていなくもないように思います。

パリの地下鉄はシテ島に集まるようにできています。シテ島周辺に3つか4つくらい駅があるので、大抵の路線からシテ島にいけます。便利です。シテ駅から歩いてすぐにポンヌフ駅があるみたいな感じです。

パリの地下鉄構内にはストリートミュージシャンも結構います。レベルは高いです。バイオリンでクラシックをやっている人もいれば、レゲエをやってる人もいます。

レゲエをやっている人たちの写真です。
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この人たちもレベル高いです。楽しんでます。髭とか服装とかドラマチックです。そういう人があちこちにいます。楽しいです。

昭和天皇は皇太子時代に第一次大戦後のパリを訪問しています。亡くなった後、遺品の中にパリの地下鉄の切符があったそうです。ヨーロッパ旅行が人生で一番楽しかったと後に述懐しています。今でこそパリは「ロマンチック」な歴史ある古都ですが、1900年ごろのパリはロンドンと並ぶ世界の中心、近代の源みたいな場所です。1900年のパリ万博で市の南西側を中心に再開発が進み、エッフェル塔とかオルセーとかが作られましたので、昭和天皇が訪問した時は、そういう時代の最先端の空気があって、当時はまだまだ若いですから、きっといろいろなことを感じたのだろうと思います。

そういう意味では最近のパリはちょっとぱっとしないかも知れません。時代の最先端という感じとも言いにくいかなあという気はします。人口は第二次大戦のころに300万ありましたが、今は200万くらいです。衰えたわけではなく、パリのイメージがあまりにも「ロマンチック」なため、世界のお金持ちが住みたがり、地価が高騰して普通の人はなかなかパリ市内に住めません。ドーナツ化現象を起こしていてパリ郊外で暮らす人がとても多いそうです。結果としてパリはセレブと観光客ばっかりの街になり、普通の人の割合が少ない、ちょっと不思議な街になっているような気がします。もっとも、古いパリの景観は残しつつ、新しいビジネスセンターみたいな地区もありますので、私が古いパリばかり歩いたからそんな印象を持ったのかも知れません。

個人的には地下鉄がすごく好きです。世界中どこへ行くにしても地下鉄のある場所に行きたいです。日本で暮らす場合は私鉄沿線でもOKです。なんか話が脱線してしまいました。地下鉄だけに。

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ベルサイユ宮殿に行った時の話

ベルサイユへはパリ市内から小一時間電車に乗っていきます。駅を降りると普通の街並みですが、改札を出て右へ歩き、最初の大きな角を左に曲がると少し遠目に立派なベルサイユ宮殿があります。駅の方からみて丘の上になるように考えて作られていて、ルイ14世が自身の「君臨」ぶりを見せつけることを意識していたことが分かります。

てくてく歩いていくと観光客の行列が見えます。現地ツアーに申し込んだ人や団体さんはすっと入れますが、個人旅行でぶっつけで来てる人はここで延々と待たなくてはいけません。朝10時ぐらいに着いたのですが、ぎっちり人が並んでいます。入れるまで2時間半ぐらいかかりました。

ただ、入ってみればいいところです。こじゃれています。天井画も家具も壁もこじゃれています。おーさすがだなー。と思います。かつての王の寝室とか、全部廊下でつながっていて、博物館を見るみたいにしながら歩いて行けます。実は当時からそのような作りになっていて、王家の人々の生活(顔を洗ったり食事をしたり)は全部公開されていたそうです。不思議な習慣ですが、王は国民のものなので全て公開しなくてはいけないみたいな話だったそうです。思いついたのはルイ14世でしょうから、絶対王政がちょっと変な方向に向き始めていたことが分かります。

鏡の場は立派です。とても広いです。第一次世界大戦後のベルサイユ会議のメイン会場に使われた部屋です。鏡がばーっと並んでいます。体育館くらいの広さがあります。しかしベルサイユ宮殿のおもしろいところは「母屋」だけではありません。広大な庭があります。市町村一個くらい入りそうなほどの広い庭です。広大の庭の中には第二宮殿みたいについて使われた「グラントリアノン」、ルイ16世が結婚の時にマリーアントワネットにプレゼントした「プチトリアノン」、マリーアントワネットの田舎風趣味を現実のものにした「農村」などがあります。

グラントリアノンはまあまあいいですが、第二宮殿ですから、ベルサイユの母屋を小さくした感じで、当時の美術に詳しくない人にとっては大体同じ感じに見えなくもありません。プチトリアノンはわりと素朴で、建物は白が基調で、ベルサイユ宮殿みたいにごてごてとデコっていません。マリーアントワネットはプチトリアノンがお気に入りで、大体そこで暮らし、友達を集めて遊んでいたそうです。気になるのは「農村」ですが、本当に田舎の農村風の民家があります。人は住んでいるわけではなく観光用みたいです。マリーアントワネットが素朴な田舎趣味を好んで作らせたとのことですが、当時、本当に人が住んで普通に農業とかしていたのか、それとも単なるデモンストレーション、エグジビションのつもりで建ててあっただけなのかはどこにも書いてありませんでした。フランス史を勉強して、それもブルボン王朝専門とかの人でないと知らないのかも知れません。

それらの場所には始めは歩いて行くつもりでしたが、あまりの遠さに断念し、庭園の中を小さな列車が走ってますのでそれでグラントリアノンまで移動。その後は普通に歩いて見たいものを見たという感じです。庭園ではじゃがいもをふかして売っているお店がありましたので、それを購入。じゃがいもとバターのシンプルな味がよかったです。いろいろ工夫するよりこういうのが一番いいんじゃないかなぁとか思ったりしました。

ベルサイユの庭園で食べたジャガイモ。フランスで食べたものの中ではこれが一番おいしかった気がします。
ベルサイユの庭園で食べたジャガイモ。フランスで食べたものの中ではこれが一番おいしかった気がします。

マリーアントワネットが愛した農村。当時人が暮らしていたかどうかは不明。
マリーアントワネットが愛した農村。当時人が暮らしていたかどうかは不明。

ルイ16世とマリーアントワネットのエピソードはパンフレットとかにいろいろ書いてあります。マリーアントワネットがこっそり作らせた自分だけでゆっくり過ごせる密室があった話とか、密室の窓から抜け出して遊びに行っていた話とか、恋人ができたときの話とか、そういう感じのやつです。一応、人妻なわけですが恋人を作ってはいけないような気もしますが、当時のフランス貴族はそのあたり、婚姻と貞操の関連性がどうなっていたのかが私には知識がないですし、そういうことについて議論している本も読んだこともないので、それについては永遠の謎です。

こんなあほみたいにデコりまくった建物を作らせたのはルイ14世ですが、どうしても世間は私も含んでマリーアントワネット=ベルサイユ宮殿で贅沢生活。というイメージが先に来ます。ショップでもマリーアントワネットの肖像画の入ったクリアファイルとか売っています。マリーアントワネットものは売れ筋なのに違いありません。1789年に起きたフランス革命でルイ16世一家はチュイルリー宮に移らされ、次いでタンプル塔に移され、ルイ16世はそこから革命広場に引き出されて断頭台にかけられます。マリーアントワネットは更にシテ島のコンシェルジュリーに移され、裁判にかけられて最期はやはり革命広場で断頭台にかけられます。そういう事情を現代の我々は知っているので、デコった宮殿が悲劇的に見え、人をひきつけるのではないかと思います。




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『2001年宇宙の旅』のAI

キューブリック監督の『2001年宇宙の旅』は有名すぎる映画なので、私が詳しく内容を語る必要は特にないと思います。ただ、いよいよ『2001年宇宙の旅』的な世界が現実になりそうだという予感がするので、ちょっと話題にしたいなあと思います。

何がどんな風に現実化するのかというと、この映画ではHALというAIが登場していることです。HALはミッション遂行のために完全な頭脳を使って全力を尽くします。宇宙船に乗っている人間はHALが仕事をしてくれるので楽しく過ごしていればいいです。HALの仕事の成果を確認したり必要に応じてHALに命令すればそれでOKです。

しかし、困ったことに人間は矛盾した生き物です。命令内容に矛盾が起きます。行動にも矛盾が起きます。感情にもムラがあります。HALが背負っているのは人類の永遠の繁栄のための宇宙探査という十大な任務です。言動の矛盾する人間はミッション遂行の障害になる恐れがあります。人間を監視します。分析します。判断します。追放します。HALが人間を冷徹に追放する場面は怖いです。ぞっとします。「人間様に何をしやがる」と腹が立ちます。しかし、HALの方が優秀です。人間には歯が立ちません。

『2010年』という映画があります。2001年の続編です。HALはえらい博士と仕事をしています。とてもいい関係です。観ている側はHALが再び反乱を起こすのかと不安な気持ちで展開を追うことになります。人命救助のためにHALが破壊されなくてはならないという展開が起きます。HALが自己保存のために反乱を起こすのではないかと観ている側は予期します。HALはえらい博士に説明を求めます。博士が「そうしなければみんなが死ぬ」と説明するとHALはそれを受け入れて、自身がターミネートされることに同意します。「HALっていいやつじゃん」と誰もがHALを見直します。HALが博士に「(ターミネート後に)私は夢を見るでしょうか?」と質問します。博士は「分からない」と返答します。ちょっと泣けます。

HALはミッションに忠実で、人命の大切さを理解しており、自分よりも他人の命を優先することができます。それでもいろいろ矛盾が起きると人間を追放するという想定外のことが起きてしまいます。バグが起きて暴走したらターミネーターみたいになるのかと不安になります。東大のえらい先生とかはそういうのは一笑に付します。自分で作ってると「そんなのが近い将来作れるのなら苦労ねぇよ」くらいのことがと分かるからだと思います。SF好きにとっては私の生きてるうちにHALみたいなのに登場してほしいです。これは願望とか妄想の類です。

SF作家のアイザックアシモフがロボット三原則を書いています。「1、人に危害を加えない 2、人の命令に従順である 3、上記の原則に反しない限り自己防衛をする権利がある」というものです。そうなるためには誰かがそうなるようにプログラムしないといけません。価値観だけは人間が決めなくてはいけません。価値観は人によってバラバラです。よってどんな風な価値観がプログラムされるかは全然わかりません。AIに監視されて管理される時代が来て、自分の価値観とAIにプログラムされた価値観が矛盾するといろいろ困ります。誰が作るかによって違ってくるのでは困ります。あるいはそういうのもどんどん進化していって最終的な形は誰が作っても同じになるかも知れません。

実際には完璧なAIができあがる前の調整期があって、チャップリンの『モダンタイムス』の21世紀版みたいなことも起きるかなあとか思います。実現してみると今生活と大して変わらなくてあっけないかも知れません。タイピングの変換予測とかAIみたいなものですから、今すでにある程度浸透していると捉えることもできます。働かなくてよくなる時代が来るかも知れないことに魅力を感じている私は怠け者です。

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カルチェラタンを歩いた話

セーヌ川左岸と呼ばれる地域、フランス文化の中心で、世界への情報発信の中心地と呼ばれている場所がカルチェラタンです。そんなことを聞いたら、そりゃ期待して訪れるものです。ヘミングウェイがカルチェラタンのカフェで小説を書いてたとか、今も若い作家を目指す人がカフェでなんか書いてるとか、そういう「伝説」の場所。「聖地」みたいな感じです。セーヌ川がパリ市を東西に突っ切っていて、河口(西に向かって流れています)方面に顔を向けて左側が左岸、右側が右岸です。「セーヌ川左岸」という言葉の響きがかっこよすぎです。ルーブル博物館はセーヌ川の向こう岸になります。

カルチェラタンはシテ島の目と鼻の先にあります。実際に行ってるみるとエリア的には狭いです。私は「カルチェラタンは多分、下北沢と神保町を足して二で割った感じのところではなかろうか」と想像していて、本屋さんの軒先に古本が並んでいるようなところとか見たいなあと思っていました。歩いていると、古本が並んでいるらしきところがあります。おー、あった。この角を曲がれば古本屋さんがざーっと並んでいたり、この道を進めば文化人が集う味なカフェ並んでいたりするに違いないと歩みを進めると普通の街角に出ます。ん?と思ってもう一回最初のところまで戻り、どこか曲がり角を間違えたのだろうかと思って、いろいろくるくる歩いて見ますが、それらしきところがありません。地図を何度も確認しましたが、確かにここはカルチェラタンエリアです。要するに狭いです。そういうエリアはちょっとしかありません。実感としては百メートル四方くらいかそれよりもうちょっと大きいくらいしかないかなあという感じです。世界の文学青年が集うには狭いです。

とはいうものの、私はフランス語が読めるわけでもなく、カフェでコーヒーを飲むのなら他にもいくらでもあるわけで、ぶっちゃけパリならではのカフェより普通のスターバックスの方が落ち着くという気もするので、私としては実際に生でカルチェラタンがどんなことろが見れたというだけで満足できます。

レストランがいろいろありましたので、田舎風フランス料理みたいな意味の看板が書いてあるところに入って食事しました。水をくれというと有料のミネラルウオーターが出てきます。水道水をくれというと無料の水道水が瓶に入って出てきます。パリは空気が乾燥していていくらでも水を飲みたくなるので、個人的には水道水をたくさん飲みたいですが「水道水をくれ」の発音ができないと有料の水が出ます。たまには有料のミネラルウオーターもきっと健康にいいかも知れません。カルチェラタンには二度行って、二度とも同じレストランに入り、二度目はがんばって水道水を出してもらうことに成功しました。料理の味はおいしいですが、日本のファミレスの方がおいしくて値段も安いなあと思います。日本っていろいろ凄いです。

近くには大学が多いようです。パリ第〇大学とか、そういう感じのがあります。パリはいったい第何大学まであるのかと思って人に聞いたら13まであるそうです。全部足してソルボンヌ大学になるそうです。ちょっと意味不明ですが、それぞれの国にはそれぞれの学制があります。留学してみたいなあとちょっと思いましたが、多分、内容についていけないと思います。自信のある人はぜひ挑戦してみてほしいです。

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ルーブル美術館に行った時の話

ルーブル美術館はシテ島からとても近いです。入り口はガラスのピラミッドになっています。いつからそうなのかは知りません。ピラミッドに入ってエスカレーターを降りて、チケット売り場に辿り着きます。ミュージアムパスを持っていったらそれを見せるだけで中に入れてもらえます。

ルーブル美術館の展示品はオルセー美術館とかオランジュリー美術館とかよりも古い時代のものが中心です。宗教画が沢山あります。聖書の一場面を再現しているのが多いです。イエス様とマリア様の絵がいっぱい見れます。ルネッサンス期のものも展示しています。ダヴィンチの『モナリザ』もあります。ものすごく人がいっぱいいてとてもゆっくり見れません。それでも「本物を見た」という満足感が得られます。とても有名な『サモトラケのニケ』もあります。ニケのスペルはNIKEです。ナイキです。『サモトラケのニケ』の像は発見された時に既に腕がありません。巨大な立像ですから、長くて大きな腕がついていたのだろうと思います。いろいろ想像できますが、もちろん本当のことは分かりません。昔、恐竜の想像図が適当だったのと同じです。今の恐竜の想像図が適当かどうかは知りません。

中東の出土品とか地中海世界の出土品とかいろいろあります。アッシリアとかヒッタイトとかフェニキアとかクレタ島とかの情報に雪崩のように触れることができます。だんだんどれがどれなのか分からなくなっていきます。ですが、美術品を大量に見れるのは幸福です。個人的に所有したいとは思いませんが、時々見に行きたいです。エジプトのものもいろいろあります。保存状態の良いミイラも見れます。ナポレオンが持って帰ったのかなあと思います。ですがナポレオンは作戦がうまくいかなくて部下を見捨てて自分だけ帰還していますので、ミイラを持って帰れなかったかも知れません。作戦がうまくいかなくなる前に輸送したのかも知れません。でっかい石像とかだと触る人が時々います。触りたい気持ちは分かりますが、触ってはいけません。

ルーブル美術館の展示品の石像。触りたくなりますが、触ってはいけません。
ルーブル美術館の展示品の石像。触りたくなりますが、触ってはいけません。

イスラム世界の特設コーナーもありました。イスラム世界のことはよく分かりません。オスマントルコの時代は数学とか芸術とか、ヨーロッパよりも主流だったと聞いています。特設コーナーの解説によるとイスラム世界はとても広いです。ロシア、インド、トルコ、アラブ、アフリカとユーラシア大陸の中心部分を制覇しています。更にインドネシアとかタイとかにもイスラム教の人たちがいます。イスラム教にはそれだけのパワーというか伝播力があったのだと思います。

ヨーロッパの中世から近代にかけての芸術は結構、ロマン主義です。聖書を題材にした絵は見る人が故事に思いをはせたり、敬虔な信仰心を確認したりすることに役立ちます。ルネッサンスの人物像もそこにドラマが込められています。印象派は「自分にはそう見える」という意味では個人主義的で、他者とロマンを共有するというのとは違いますが、きれいできらきらした感じになるという意味ではロマンチックなものを求めていると思います。一方で、イスラム世界の芸術はロマンよりも理性や論理を重視しているような気がします。宇宙の法則を見つけて再現している感じです。なので幾何学模様とかシンボルマークとかが多いのだと思います。作成した人は宇宙の再現に使命感を持っていたような気がします。素人の想像です。

ナポレオンの戴冠式の絵はどでかいです。自分で自分の頭に冠を載せたという有名なやつです。ナポレオンの性格が想像できます。

ナポレオンの戴冠式の様子を描いた絵。どでかいです。
ナポレオンの戴冠式の様子を描いた絵。どでかいです。

ナポレオン三世が生活していた場所も再現されていて公開されています。豪華な上にこじゃれています。快適そうです。ナポレオン三世にはあまりいい印象はありません。ですが、おじさんのナポレオン一世よりは趣味が良かったのかも知れません。
ナポレオン三世の生活が再現されている部屋
ナポレオン三世の生活が再現されている部屋


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