いよいよ共和党大会

共和党大会がそろそろクリーブランドで始まります。トランプさんが正式に指名される運びとなるとのことです。ただ、ブッシュ親子、マケイン、ロムニーが出席を見送るということで、共和党内部が固まっていないことを示しています。

というより、共和党のエスタブリッシュメントがトランプさんに拒否反応を示しているように見えます。ケーシック氏やクルーズ氏が指名争いから撤退した時、「お、これはエスタブリッシュメントと話がついたか?」と私は思ったのですが、どうやらそういうわけではなかったようです。もちろん内側でどのように話がどう紆余曲折したかは想像もできませんが、選挙参謀が辞めたというのが今思えばメッセージのようなものだったのかも知れません。スコットランドに行ったのが潮目の変わったときかも知れません。お金がないのもエスタブリッシュメントの協力がないからです。残り期間を自前でやれというわけです。トランプさんは場合によっては不動産を担保にお金を借りて選挙を続けるということになるかも知れません。不動産は大方担保に入っているでしょうから、これはなかなか厳しいです。

最近のトランプさんのスピーチ動画を見ると、聴衆に元気がありません。大統領選挙となれば、支持者がそれぞれに大声を出してわーわー盛り上げお祭り騒ぎするものと決まっています。なぜそうなるのかは分かりませんが、そういうことになっています。ところが、ペンスさんを大統領候補に指名するとスピーチした時の観客の反応は「一応」わーわー言っている。程度にしか感じません。心からはじけているという印象を得ることができません。聴衆が冷め始めてる、不安を感じているのではないかという気がします。トランプ側の陣営は焦りを感じているに違いありません。ペンスさんはきっと良い人だと思いますが、どうしても平凡に見えてしまいます。ヒラリーさんとウオーレンさんのような華々しさに欠けています。

最近はトランプさんが「こんな発言をした」というような話題はありません。本選を意識して派手な発言を控えていることがわかります。もちろん、言いたい放題の暴言がまかり通ることは良くありませんが、暴言、或いは控えめに言っても放言がないとトランプさんはただの人です。もともと政治についての哲学も見識もないので静かに語るという芸ができていません。アメリカファースト、メイクアメリカグレイトアゲインしかないのはここに来てきついことでしょう。ヒラリーさんはできています。見事なものだと感嘆します。私はヒラリーさんのことが特に好きだとかそういうのはないですが、静かに語る芸をしたときの役者の違いは明らかです。メール問題を切り抜けてから運が向いてきたように見えます。さすがです。強運なのです。

もちろん、直接討論会までにトランプ氏がよく練習して静かに語る芸を身につけるという促成作戦はあり得ますが、多分、そんな芸はできないだろうなと私は感じます。

共和党の人たちは「あぁ、やっぱりジェブブッシュにしておけばよかった…」と後悔しているかも知れません。一時はエスタブリッシュメントもトランプに乗るのではという気配が見えていましたが、今はほぼ完全に冷め切っているように見えます。次の4年間は諦めた..。という感じかも知れません。

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義経の首は本物か?ニセモノか?

源義経が平家追討を終えた後、頼朝から追放されて各地をさ迷い、最後は奥州藤原氏に裏切られて非業の最期を遂げたということはよく知られています。一般的には義経が後白河上皇から検非違使に任命され、義経が能天気にもそのまま受けてしまったということが武士政権を確立しようとしていた頼朝の逆鱗に触れたとよく説明されます。そのこと事態は私は特に異議はありません。主要な要因だったと思います。

頼朝が伊豆の流刑地で育ったのに対し、義経は京都のお寺で育ちます。価値観が違って当然です。検非違使のような役職のありがたみを噛みしめることができるのも義経の生育環境があったればこそ、だったのかも知れません。しかしながら、義経はそもそもニセモノだったのではないかという人もいます。

頼朝は挙兵後に石橋山で敗れて真鶴から船で千葉へ敗走。その後、鎌倉へとやってきます。京都との位置関係で言えば巻き返しに入っていたと言えます。その時に現れたのが義経で、本人は義経だと言い張るものの、証拠がありません。頼朝が「こいつ、ニセモノじゃねえの?」と疑ってもおかしくないというのです。

義経は最後に奥州藤原氏を頼って東北地方へと行きますが、奥州藤原氏に受け入れてもらうためには過去にステイしていた事実が合っていなければならず、そういう意味ではホンモノだったのではないかなあと思います。義経に関する謎のようなものとしては、義経生存説、東北から北海道へ、更に満州に渡へいってジンギスカンになったというど派手なものがありますが、これは水戸光圀が唱え始めたものらしく、新井白石もアイヌの伝説上の人物が実は義経だったのではないか、のような考えを持っていたようです。江戸時代は平和な時代ですから、そういうことをあれやこれやと考えて楽しむことが流行していたのだろうと思います。

さて、問題は鎌倉に届けられた義経の首がホンモノだったのか、ニセモノだったのかということになります。義経が北海道まで逃げたのなら、首はニセモノでなければいけません。もちろん今となっては証明不可能な話です。義経の首が奥州から鎌倉まで届くのに40日。馬で運んだにしては時間がかかりすぎるので、これは故意に腐敗させ、判別不能にしてから鎌倉に届けさせたというのが水戸光圀の推量です。

和田義盛は義経の首を見て義経を哀れに思い涙を流したという話があります。和田義盛は義経のことが嫌いで、戦地から頼朝に義経の悪口を書き連ねた手紙を送った人です。一緒に戦場に出て戦っていたのにそこまで嫌いということは、和田義盛は義経のことをよく知っている人です。一挙一動にも腹が立って、逐一それを記憶にとどめている人です。普通なら見落とすようなちょっとした特徴まで掴んでいる人です。そのような人がニセモノとホンモノの首の違いに気づかないということがあるでしょうか?「思い込みだよ~」と考えることも不可能ではないですが、思い込みを防止して確認するための首実検です。もしかしてニセモノかな?と思いながら見るのが首実検をする理由です。

そう思うと、和田義盛がホンモノ認定したのだから、ホンモノだったのではないかと私は思います。義経は戦術家だったのだから、もしかして?と思いたくなる気持ちは私にもありますが、平家との戦争の勝ち方は基本、背後からの攻撃ですので正攻法でやったら或いはそこまで優秀ではなかったかも知れません。想像です。

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『かもめ食堂』の覚悟と孤独と救い

『かもめ食堂』は女性を中心に絶大な支持を得た伝説的な映画です。私も周囲の人に聞いたら、女性はだいたい「とても好きだ」と答えます。友人の中には『かもめ食堂』の影響で新婚旅行にヘルシンキに選んだという人もいます。

男性からはそこまで支持されているとも感じませんが、男性でも、何度も繰り返し観るうちに小林聡美さんの凛とした役に共感や感情移入ができるようになると思います。ヘルシンキで日本料理のお店をするというのはかなりの覚悟が必要です。お店を開けば固定費用がかかります。居酒屋さんならお酒で売り上げを伸ばすことができますが、このお店はそういうわけでもありません。ロンドンやパリのようにチャラい夢見がちな場所でもありません。日本人目当ての商売でもありません。正々堂々真っ向勝負でストックホルムの人を相手に日本食で商売しようという静かな冒険です。客は集まらないと思うのが普通です。主人公はお店を構えて客が来ないなら無理して集めないという姿勢を貫きます。内心不安に違いありません。しかし、自分のスタイルは守ります。

もたいまさこさんが「いいわね。好きなことをやっていらして」と言うと小林聡美さんは「嫌いなことをやらないだけです」と答えます。さりげない会話ですが、壮絶です。嫌いなことをやらないと覚悟して、いろいろ捨てて断捨離したら、ヘルシンキで日本食屋さんをする選択肢が残ったというのは壮絶な人生です。日本で同じことをやるのは主人公的にはダメなのです。自分を貫いた結果、そうなってしまうというのは妥協なき人生という意味で憧れもありますが、そうでもしなければ生きられないという意味では背後にある苦しさを想像しないわけにはいきません。

私は片桐はいりさんが変な顔をしないで普通の役で出ているのをこの映画で初めて見たと思ったのですが、学生にみせると片桐はいりさんのアップで笑いが起こります。人の顔を見て笑ってはいけませんと注意しようかとも思いましたが、大学生はもう大人ですし空気を壊したくなかったのでわたしは気づかないふりをしました。自分の防衛を優先しました。ごめんなさい。

傷ついた人を癒す力がある作品です。アル中のおばさんが立ち直ります。逃げた男も帰ってきます。希望を与える作品です。実際には深い孤独が隣合わせです。映画を一回観ただけでは分かりません。しかし、何度も観ると行きずりの日本人の女性三人が肩を寄せ合い孤独と絶望に戦っています。緊張感を失くせば負けてしまいます。常に自分を保つ気力と覚悟が必要です。

最後は客でお店がいっぱいになります。客はみんな地元の人です。北欧の人が日本料理をおいしいおいしいと満足そうに食べる姿は理屈抜きに日本人の自意識を満足させます。そういう面は『カリオストロの城』に通じるものがあるのかも知れません。最後にお店が満席になるのは祈りのようなものだと思います。自分を貫き、信じて歩けばきちんと結果を出すことができるのが人生だ。人生とはそうであってほしい。ヘルシンキまで行って日本食屋さんをやらないと自己実現できないほど不器用な人でもちゃんとやれる。成功できる。そんな祈りや願いが込められているのだと思います。そこに観る人は共感するし、感動するし、静かで優しいカタルシスを得ることができるのではないかという気がします。




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『カリオストロの城』の日本の戦後

『カリオストロの城』は何度観ても感動して涙が出てくるとてもいい作品だということは、わざわざここで述べる必要もないほどのことだと思います。

カリオストロ公国は景色がとてもきれいです。設定ではフランスとスペインの間にあって地中海に面した人口3500の世界で一番小さな独立国です。小さい国は魅力的です。『マシアスギリの失脚』みたいに、お話しを大袈裟にせずに独特の世界を作ることができます。雪が積もった峰々と湖が美しいです。お城もきれいです。ディズニーランドのお城みたいです。設定ではお城ができたのは16世紀の終わりころです。イギリスではエリザベス女王の時代が始まったか始まらないかくらい。中世が終わるか終わらないか、イタリアでは中世は終わっているけどフランスとスペインの中間ならまだ中世かな。といった感じのころです。日本では織田信長か豊臣秀吉の時代です。

中世のヨーロッパのお城があんなにかわいくてきれいで素敵というのはちょっと考えにくいです。中世ヨーロッパのお城と言えば、ずどーんと暗くて重苦しい感じのイメージが私にはあります。『薔薇の名前』や『忘れられた巨人』に出てくる修道院のようなイメージです。映画『エリザベス』のスコットランドのお城みたいなイメージです。カリオストロの城みたいなきれいでかわいいお城と言えばルードビッヒ2世のノンシュバンシュタイン城ですが、それは19世紀につくられたお城です。時代的に合いません。

しかし、カリオストロの城には日本人の夢と願いが全力で込められています。ヨーロッパのお城はきっとあんな風にきれいで豪奢でかわいい感じに違いない、そうであってほしい、そうでなくては困るくらいのエゴの欲求を受け止めています。イメージ通りのヨーロッパのお城にルパンと次元と五右衛門と銭形が行くからおもしろいのです。日本人が活躍するからおもしろいのです。日仏ハーフのルパンと銭形がどちらも勝者で、敗者がカリオストロ公爵だから日本人にカタルシスを与えます。戦いに勝利し、クラリス姫のような可憐な美少女の「心を盗んで」去って行くから称賛してしまうのです。何回観ても飽きないのです。

パリのインターポール本部で銭形はカリオストロ公爵の偽札づくりを告発します。しかし、欧米のえらい人たちは政治的な理由でそれを無視することに決めます。観ている側は銭形の誠の心に共感します。初めて見たのは小学生の時ですから「大量の偽ドルが発注された」とか「この偽ルーブル札こそCIAの発注じゃないのかね」とか言われてもよくわかりませんでした。いずれにせよ、国際政治の複雑な大人の事情に負けずに日本男児の銭形が正義を貫こうととする姿を観るのが気持ちよかったのです。

お城といい、欧米相手に正義を貫こうとする銭形の姿といい、最後にルパンと銭形が勝者になるところといい(両方勝者にならないと観客的には不満になる)、改めて観てみると日本人の敗戦トラウマの快復が大きなテーマだということに気づきます。欧米に憧れるという気持ちと欧米に勝ちたいという気持ちの両方を解決しているのがこの作品です。架空の国をやっつけることで、誰も傷つけずに物語の世界でトラウマが癒されます。最後にクラリスがルパンにキスをしてほしそうにするところがトラウマ快復の総仕上げです。ルパンは倫理の観点からキスしないので観ている側は更に気分がいいのです。私もクラリスみたいな人にそんな風にされたいです。実際にそんな風にされたら顔が近すぎてけっこううっとうしいかも知れません。それでもやっぱりされたいです。

作者は以上述べたことを十分に知っていて意図的にそうしています。クラリス姫が閉じ込められる北側の塔の部屋はアラビア趣味です。ヨーロッパのオリエンタリズムをサイードが指摘する前からよく心得ています。ゴート札がブルボン王朝を破滅させたという設定もフランス革命の原因がマリーアントワネットの贅沢とかではなく通貨政策の失敗だったとうこともちゃんと押さえています。宮崎駿さんですから私が気づくくらいのことは十分に意識的だと思います。

ルパンもカリオストロ伯爵もおっさんです。なぜクラリスはルパンのことは好きで、伯爵のことは嫌いなのでしょうか。よーく考えてみると、ルパンは手品でクラリスを喜ばせています。手品かよ…。と私は少しがっくりきます。私は手品ができないので、あんな風にはやれないというごく個人的な理由です。私は楽器も球技も習字も手品も手足を使うことはどんなに練習してもうまくなりません。今はもうあきらめています。

クラリスとナウシカはよく似ています。その理由は作者の好みに集約されるはずです。何回観ても涙が出てくるので作ってくれた人には感謝しています。



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原田眞人監督『魍魎の匣』の日本の戦後

原田眞人監督は日本の戦後を問い続けている人としてつとに知られています。京極夏彦さんが原作の映画の『魍魎の匣』は美少女をめぐる推理映画ですが、原田監督は作品に「戦後」を挿入して今を生きる私たちにいろいろなことを問いかけています。

撮影は上海の郊外で行われたそうなのですが、いかにも終戦直後の日本に見えます。上海の郊外が武蔵野に見えます。さりげなく光クラブの話題が入っています。ほんの短い時間に早口で話しているので、一瞬「?」となりますが、何度も観ると「あぁ、光クラブ」と分かります。一回目で分かる人もたくさんいると思います。私は鈍いので何度も観ないとわかりませんでした。凄い映画は細部にいろいろ凝っています。『エリザベス』と同じです。

終戦直後は新しい時代が始まる予感と戦争に負けたことの劣等感が相半ばする不思議な時代だったろうと思います。この映画はその最中に生きる人の心を掴もうとしています。登場人物が「自分は歯ブラシの工場を経営している」と偽る場面があります。今もきっと日本に歯ブラシの工場があると思います。絶対に世界最高水準の歯ブラシを作っていらっしゃると思います。ただ、やはり歯ブラシの工場という言葉にちょっと前の日本を想起させられます。

京極夏彦さんの原作では登戸の陸軍の研究所の話題が出てきます。映画では登戸という地名は出てきませんが、陸軍から予算をぶんどった研究所は出てきます。死なない研究をしています。戦争中に兵隊が何度でも再生できる技術を開発しようとします。うまくいきません。戦争が終わった後も死なない研究を続けています。いろいろ口実を作って予算を手に入れています。この研究所では戦争は終わっていません。というか、研究所にとっては戦争はそもそも始まっていません。戦争とは関係なく、研究のために研究を続ける自動装置に成長しています。ナウシカのドルク帝国の首都の研究所みたいなものです。戦争も人命も研究を続けるための口実でしかありません。戦争の本質の一端を掴もうとしています。

アメリカと戦争するかどうかという問題と組織の自己実現の区別がつかないまま日本は戦争を始めます。アメリカとの戦争と陸海軍の予算の配分が混同されて議論が進みます。研究所はその本質を表現する存在です。

戦争とか戦後とか、そういう時代を語っても突き詰めれば個々人の人生が集合したものです。突き詰めれば個々人の物語になります。刑事、探偵、作家、編集者、神主、女優、研究者が出てきます。それぞれに人生を背負っています。人生の矛盾を解消するために超人的な努力をする人がいます。戦争で人生が歪む人がいます。登場人物のそれぞれの内面を想像しながら観ると更に楽しめます。

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『エリザベス ゴールデンエイジ』の大人の女性のやたら強運なことと生きる覚悟

強運であることは、人生の成功に必要なことです。果たしてどうすれば強運が得られるかは誰もが日々探求することの一つではないかと思います。

『エリザベス ゴールデンエイジ』を観ると強運は勝手についてくるもので、努力とか人間性とかは関係ないのではないかとふと思ってしまいます。『エリザベス』では若い娘さんだったエリザベスI世は続編のこの映画で、大人の見事な政治家に成長しています。素晴らしい頭脳と豪胆さで難局を乗り切ります。

しかし、観れば観るほど気づくのは、その強運です。暗殺されそうになります。助かります。反逆されそうになります。摘発します。スペインが無敵艦隊で攻めてきます。勝ちます。それらの勝利に本人の努力は関係ありません。暗殺されそうになった時は、犯人の気まぐれで運よく助かります。スコットランドのメアリー女王の謀反は側近が見破ります。スペインの無敵艦隊を撃滅したのは本人ではなく部下です。そのような視点から観ると、運が味方しているからこそいろいろな難局を乗り越え、人生が切り開かれていくことが分かります。

え…そしたら、運を良くしたいと思えばどうすればいいの…?と私たちはため息をつくしかありません。

とはいえ、この映画では強運のヒントも観客に与えてくれるように思います。それは恐怖心に捉われないことです。暗殺されそうになったら騒ぎ立てず、来るなら来いと構えます。無敵艦隊が攻めて来たときに兵隊を奮い立たせるスピーチをします。そういう時に人心を掴むためには自分の安全を気にし過ぎないことが必要です。自分も一緒に死ぬ覚悟だと伝えるためには、逃げ道を絶つ覚悟が必要です。本当に死ぬ覚悟を持たなくてはそういう時にスピーチできません。

そのように思えば、大事なところで逃げない覚悟、いつが大事な場面なのかを見極める聡明さの両方がなくてはいけないということに気づきます。覚悟があれば聡明になります。ということは結局は胆力ということに集約されそうな気もします。スペイン艦隊が攻めてくる不安に押しつぶされそうな時、星占い博士の言葉でエリザベスは勇気づけられます。必要な時に必要なことを言ってくれる友人なりブレインがいるということも、大切な条件なのかも知れません。人を見る目も大切です。無敵艦隊が焼き討ちで滅びる様子を陸からエリザベスが見る姿はカタルシスに満ちています。形勢を逆転させ重圧から解放される、助かったという安堵、奇跡が起きたことへの感謝に溢れています。スペインの側に立てば不愉快だと思いますが、そんなことは考えずにエリザベスの側に立って観れば感動します。

全てが強運と胆力によってうまくいっているように見えますが、一つだけどうしてもうまくいかないことがあります。男性との恋愛がうまくいきません。第一作では元恋人に裏切られます。続編のゴールデンエイジではアメリカ大陸を探検する男に恋をしますが、彼はエリザベスの侍女と結婚してしまいます。眉毛が濃くて髭をそらずに色黒なので、男の目から見ると暑苦しいです。ですが、こういうタイプがもてるのかと思うと、私も見習わなくてはいけないかも知れません。うまくやらないとたんに暑苦しいのだけなので自分に合わないスタイルなら諦めた方がいいかも知れません。

エリザベスは政治家としては素晴らしい歴史的な成功を収めたとしても、一人の女性としては成功できなかったという言い方もできるかも知れません。そこに空虚が入り込んできます。しかし、そのようにして運命のバランスがとられていると見ることもできますし、政治家としては成功しても恋愛運には恵まれないということを受け入れることが人生をうまく回していく極意なのではないかという気もします。生きていれば嫉妬もします。落胆もします。不安で押しつぶされそうになる時もあります。狂喜乱舞する時もあります。この映画ではエリザベスが一人で観客の人生が投影できるようになっていると私は思います。観る人がそれぞれに自分の不安や苦しみや生きる喜びをエリザベスに投影できます。この映画を作った人はただものではありません。

この映画を観て運勢について考え、自分の生き方を省みることも有意義なのではないかと思います。

完全についでの話ですが、イングランドに攻めてくるスペインのフェリペII世が登場する場面はなんとなく手抜きです。一方でスコットランドのメアリー女王が処刑される場面は涙が出そうになるほど荘厳で作り込まれています。メアリー女王の処刑は日本で言えば大坂夏の陣の秀頼と淀殿と同じくらいにイギリスでよく語られる悲劇ですので、どこからも異議が出ないようにと特にエネルギーそ注いで作られたのかも知れません。

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トランプ氏の副大統領候補にペンス氏(?)の件

トランプ氏の副大統領候補がインディアナ州知事のペンス氏で決まったそうです。ツイッターでトランプ氏がそう宣言したということなのですが、どうも、ちょっと迷いがあったらしいです。ツイッターで堂々と宣言した後で、「やっぱやめようか…」と周囲に漏らしたというのです。周囲は「ここまで来てやめられるかぁぁっ」となったため、それで話は決まったそうですが、なんともいえないぐだぐだ感が漂います。東京都知事選挙なみにぐだぐだ感です。ペンス氏は「やっぱやめようか…と思っているかも」という報道を見て、周囲に「彼は約束を守ると信じている」と話したとのことらしいのですが、副大統領候補になる人物にこんな発言をさせることそのものが、今、この段階では輪をかけてよくないのではないかと思います。有権者に、ああ、トランプ陣営はぐだぐだなのか…というぱっとしない印象を与えます。トランプさんの陣営では、選挙参謀をやめさせるという「???」な珍事も起きており、もともとぐだぐだだから、いろいろがたがたするのか、運悪くくだんだんがたがたするのか、それともやっぱり人格がもたらしたことなのかといろいろ首を傾げたくなります。また、ペンス氏はぱっと見の印象がいかにも普通の政治家という感じがする人です。有権者は「普通の政治家が政治家だけの論理で政治をするのは嫌だ」と思ってトランプさんに期待したと思いますので、そういう意味からも有権者を白けさせたのではないかと感じます。もちろんペンスさんにしゃべらせてみたら意外と面白かった、盛り上がった、ということが起きないとは言えませんが、ぱっと見た感じその可能性はあまりなさそうに思います。トランプさんとしては、保守本流ぽい人を選ぶことで早い段階から白けがっかりムードの共和党の内部を固めるという意味があったのかも知れません。ここに来て保守内部を固めなければならないとすれば、結構、やばいと思います。

ヒラリーさんの副大統領候補はウオーレンさんでだいたい決まりぽいですが、こちらの方が二人の間に強い絆があるという印象を与えることに成功しており、表情も明るいです。ますます明暗がはっきりしてきたように思えます。トランプさんの選挙パートナーとしてはどんな暴言をはいても「イエーイ、その通り、さすがは我らのトランプ!」と言ってくれる人でなければ無理かも知れません。一般の無名の有権者ならともかく、それなりに名前が通った将来のある政治家には自分をどのような運命に引きずり込むかも分からない、そんな役割はやりたくないかも知れません。マルコルビオさんが「絶対受けない」と言ったのも、そういう理由かも知れません。

今年のアメリカ大統領選挙では、双方不人気という珍しい対決になりましたが、それ故に副大統領候補選びが注視されています。これから4か月間、二人で並んで笑顔で絆の強さをアピールするのです。優秀な二人がアメリカと世界を引っ張ると宣言するのです。パッと画面が明るくなる人を選ぶことが肝要なのですが、この面でもヒラリーさん一歩リード。或いは大幅リードのように思えます。

たとえばライスさんのような黒人の女性で実績もある方を副大統領に選ぶのはどうかという意見を聞いたことがありますが、私はそれはいい選択だと思います。しかし、もう遅いです。あるいはライスさんはオファーを受けても断ったかも知れません。
ヒラリーさんもメール問題などでぐだぐだ感が漂っていましたが、サンダースさんがヒラリーさんの応援を約束し、オバマ氏もバックアップに乗り出し、FBIのコミー長官も訴追しないと断言。お金もあるということで、やっぱりなんだかんだ言ってお金がある方が有利です。民主党の内側はだいたいがっちり固まって、これから中間層をとりこんで、もしかしたらトランプさんの票も奪えるかもくらいの勢いがあります。だいたい決まったかなぁ…。

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遠藤周作『鉄の首枷』の小西行長の裏切る人の心理

遠藤周作さんの『鉄の首枷』という小西行長の評伝を読んで私が思ったのは、小西行長のような人間を友人にしたら大変だということでした。

キリシタン大名だった小西行長は、豊臣秀吉がキリシタン禁令を出した際、高山右近を自分の領地に匿います。これは、まあ、いいと思います。信仰という心の自由を守る戦いです。豊臣秀吉が朝鮮半島に兵を出したとき、小西行長と加藤清正が活躍します。二人とも破竹の快進撃をしますが、小西行長の方はなるべく早期に戦争を終わらせるため、独自に講和を図り、秀吉を上手にだまして手を打とうとします。これも、まあ、平和のためだと思えば、悪いことだとは言い切れません。私は秀吉のことはあまり好きではないですから、秀吉の味方をするつもりもありません。

ただ、一旦なりかけた講和が破綻し、二度目の戦争になった時、小西行長は加藤清正が戦死するよう陰謀をめぐらせ、相手側に加藤清正の行動を知らせて攻撃を仕掛けるように持ちかけます。これはやり過ぎです。やり過ぎという表現ではやさしすぎます。裏切ってます。こういうタイプは大事なことを話して「誰にも言わない」約束しても尾ひれをつけて言って歩きます。友達にしてはいけないタイプです。

私も人生で何人かこんな感じの人に出会ったことがあります。気づかないところで約束を破ったり、さりげない嘘をつきます。味方のふりだけは続けるのでかえってやっかいです。小西行長は自分の内面や良心には正直な人に違いありません。それはいいことです。しかし、自分に正直でいることのリスクを取ろうとしないので八方美人になり、嘘をついてかすめ盗ろうとします。とてもやっかいです。

遠藤周作さんが小西行長に関心を持った理由は幼少期に自分の意思とは関係なく洗礼を受けたということが共通しているからかも知れません。行長の内面を推量するために学術論文や当時の資料などを読み込んで書かれた労作です。とても面白い作品です。遠藤さんは行長が内面の秘密を守り抜こうとしたことに自分を投影したのではないかと想像します。遠藤さんの『母なるもの』で、自分には絶対に他人には言えない秘密が一つだけあると書いてあります。どんな秘密かは多分、どこにも書かなかったと思いますから永遠に分かりません。遠藤さんの作品をとにかく読み込んでそこから推量することは可能かも知れませんが、どこまでやっても推量で、本当のことは分かりません。ただ、社会的な安全のために表面は周囲に合わせてそれが自分の本意であるかのように装い、実は内面では全く違うものを抱えているというのは、確かに苦しいことですし、誰もが多かれ少なかれ抱えるものかも知れません。私には「秘密」というほど大げさなものはないですが、それは違うと思ったことを呑み込んで周囲に合わせるということはよくあります。

秀吉の家臣に小西行長という人物がいて、関ケ原の戦いの時は石田三成の味方をしたということはそれなりに知られていると思いますが、もっと詳しいことはよくは語られません。子どものころに読んだ子ども向けの『太閤記』では、朝鮮出兵の講和のために担当者が適当な嘘をつこうとしたくらいのことが書いてあったのは覚えていますが、その人物が小西行長だとか、小西行長がどういう人物かとか、そういうことは出てきませんでした。名前だけはよく見たことがあるのに、どんな人かこの作品を読むまでは全然と言っていいほど知りませんでした。

もちろん、遠藤さんが描いた小西行長像ですので、本当の小西行長の姿とどれくらい同じなのかということは簡単には判断できません。そんなことは論じても仕方がないかも知れません。私にとっては、大事なところで嘘をついたり裏切る人の心理がなんとなく、ようやく理解できたと感じられたので、とても有益な作品でした。


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ボリスジョンソン氏「EU離脱とヨーロッパ離脱は違う」の件

イギリスの新しい首相がテリーズメイさんに決まり、ボリスジョンソン氏は外務大臣として入閣しました。毒を以て毒を制す人事なのでは?という気がしなくもありません。外務大臣の立場になれば、以前のような言いたい放題というわけにはいきません。仮にもよその国とうまくやっていく責任者ということになりますので、「イギリスファースト」とか「イギリスを取り返す」とかみたいなことも、立場上、軽々しく言うわけにもいきません。

ボリスジョンソンさんの外務大臣として仕事をする初日になって、メディアに対し「EU離脱はヨーロッパ離脱を意味しない」と言っています。しかも「in any sense」ということですので、一切、意味しない、全然違うということみたいです。要するにトーンダウンしています。ヨーロッパに気遣いを見せています。

国民投票以前のボリスジョンソンさんを知っているメディアの人たちからは、ちょっと唖然…な感想が漏れてきそうな気がします。EU離脱派だった人たちは本当に離脱するとは思わなかった…と今は発言も抑制的で、軸がぶれ始め、できれば話を元に戻したいという様子を見て取れなくもありません。できるだけEU脱退通告の時期を遅くし、可能ならうやむやにし、場合によっては総選挙で問い直すという選択肢も出てきているあたり、イギリスはもしかするとなんだかんだ言ってEUから離脱しなくてすむように手を尽くすような気もします。

ドイツのメルケルさんとか欧州委員会のユンケル委員長とかは「出ていくなら早く出て行ってくれたほうがせいせいする。他に出て行きたい国は、イギリスがこれからどんな目に遭うかみきわめてからにしたほうが身のためだ」的な姿勢ですが、イギリスがEUを離脱しないことになったら胸をなでおろすでしょうから、双方、水面下でいろいろ模索しているかも知れません。ただ、けじめはつけさせるでしょうから、詫びを入れさせる、以前のような特別扱いを変更する、シェンゲン協定にも入らせる、なんならポンドもユーロにしてもらいましょうか、という話も出てくるかも知れません。

意外なところで打撃を受けているのはトランプさんではないかと思います。わざわざBrexitの日にスコットランドへ出かけて「これからはみんな自国ファーストだ」みたいな感じのことを言ってアメリカの有権者にいいアピールになると考えていたと思いますが、当のイギリスが二の足を踏み始め、ボリスジョンソンさんは転向気味でファラージさんはある意味逃走。トランプ節の決め手に使えなくなってしまった感じです。スコットランドに行ったのも無駄足を運んだというところではないかなあと思います。もちろん、まだ、アメリカの大統領選挙は分かりません。今はほぼほぼヒラリーさんの勝ちが決まりに見えますが、双方の党大会が終わり、直接対決がなされる中で、どんなハプニング、スキャンダル、失言問題が飛び出すか分かりません。トランプさんにとっても欧州情勢は複雑怪奇なのではないでしょうか。

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ヒラリーさんのメール問題がまだくすぶっている件

ヒラリーさんのメール問題がまだくすぶっているらしいです。

CNNのyoutubeのチャンネルの配信によるのですが、ヒラリーさんが2015年に議会で証言した際、「自分のプライベートなメールボックスでは受け取ったメールも送ったメールも分類されていなかった(即ち、公務のメールが来ているかどうかメールボックスを開けた瞬間は分からない)」と発言していましたが、コミーFBI長官は先日、議会で「非常に少ないが、3件ほど分類のマークが付いていた」と証言していたという内容になっています。

解説によると、ヒラリーさんが事実とは異なる証言をしたことは確かだが、それが故意であったかどうかを証明することは難しいとしています。メールがたくさん来ているために公務であることを示すマークのついているメールが来てもうっかり見落とした可能性を完全に排除できず、立件のハードルは相当に高いとのことです。

その動画を貼り付けてもいいのですが、著作権の問題が発生すると困りますので、youtubeで「Did Hillary Clinton lie to Congress about her emails?」と検索してもらえれば出てくると思います。CNNのチャンネルです。

共和党サイドとしては必勝のメール問題がクリアされてしまったことに対する未練は強いと思います。「オバマさんで8年民主党で、まだあと4年は民主党…俺も年を取る…」のような心境になっていると思います。私が共和党の人だったらそう思うはずです。

ただ、現状の流れとしてはやはりヒラリーさん有利。資金不足を指摘された上にBrexitで大騒ぎの時にスコットランドにいたトランプさんの流れはかなり後退しているように感じます。

サンダースさんがヒラリーさんを推すと言明しましたが、サンダースさんを強く支持していた人たちの中には「ヒラリーには投票しない」という感情が残っているらしいです。とはいえ本選の投票までまだ四ヶ月ありますから、そういう人たちの感情をおさめていくことはある程度可能なようにも思います。

最初から大本命と言われ、まさかの大危機と言われ、やっぱり本命になったヒラリーさんの横綱相撲で、圧倒的勝利、に、なるか、なぁ(不慮のハプニングがない限りは)。

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