イギリスのEU離脱による市場の混乱は早晩調整されるが、長期的にはじわっと響いてくる

イギリスのEU離脱により、月曜日は市場の混乱が見られ、あちこちでパニック売りに近い現象が見られましたが、東京が若干持ち直しており、今後は人々も冷静になって徐々に混乱は調整されていくと思います。

ではそれで安心かというと、そういうわけではなくて、数年かけてじわっと影響してくるはずです。ドイツはイギリスのEU離脱に対して冷たい視線を送っていますが、イギリスでは「まさか本当に離脱するとは思わなかった」「これからどうなるのか不安だ」「国民投票をやり直してほしい」という声が出ており、なんかちょっとよく分からないドタバタ的な綱引きが行われています。EU離脱を決めたら2年で離脱するということになっていたのが、イギリス側からは手続きには「6年かかる、いや7年だ」という声が出ており、おそらくは引き伸ばしたいという心理が働いているように思います。「2年後」とは正式表明から2年後で、今は国民投票の結果が出ただけですから、正式表明もなるべく引き伸ばして、時間稼ぎがしたいように見えます。首相が交代すれば国民投票の結果に縛られないということらしいので、本当にそうするかどうかはともかく、新首相が国民投票の結果はどこ吹く風とそ知らぬふりしてEUに留まり続けるという選択肢もないわけではありません。ただ、民主主義の根幹に関わってくる別の問題になってしまいます。

いずれにせよ、すぐに離脱するわけではなく、いわば黒田日銀総裁のマイナス金利導入と同じで、実はよく考えると短期的には何も変わらないということが分かってくるので、パニック売りされた分は徐々に調整され、落ち着きを取り戻すと思います。とはいえ、新規のイギリスへの投資は減り、流出は増えるため、工場やオフィスの移転などでじわっと影響してきます。大陸側も無傷ではなく、EUよりもイギリス市場を優先する企業もそれなりにいるはずですので、イギリスの存在によるスケールメリットは相当に損なわれます。

シティとフランクフルトの証券取引所の合併話は消えたわけではなく、今後は諸般の展開次第でこっちの話もはっきりしてくるとは思います。ニューヨークがいっちょかみしたいらしいという話もありますが、EUから抜けたイギリス、イギリスのいないEUに無理してまでいっちょかみしなくていいかということもあり得ます。そうすると現状は変わらないものの、起爆剤材料が少しずつそがれていき、やはりじわじわと沈んでいくイメージになりそうです。EUとイギリスだけの関係を見れば、どちらもじわじわ傷を受けるということですが、その他の要因が加わると、更に複雑になってきます。アメリカでは金利上げようかなどうしようかなという状態が続いてますが、今金利を上げればポンドユーロの値崩れ必至で、不安でやれないかもしれません。もしやったら更なる不安材料になります。数年のスパンということで言えば、安倍首相の次の首相の経済政策の見通しが立ちません(もちろん、今の段階で立つわけがないのですが…)。

中国の行方も絡んできます。中国の李克強首相はダボス会議で「ヨーロッパは今後も中国にとって重要なパートナー」だとスピーチしましたが、イギリスをステップにしてEU市場を狙うという戦略を考え直すことになると思います。ロイターによると中国のワイン市場が低迷段階に入っており、以前ならビンテージものが先を争うように買われていたのが最近は財布が固くなっているらしいとのことです。消費者が賢くなろうとしているのか、それともただの沈下なのかもう少し様子を見ないといけません。中国はこれからいろいろ剣が峰かも知れません。中国のヨーロッパへの投資がどういう展開になるのかは時々チェックしておきたいです。

やっぱり今年は凄い年です。大相場です。

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ナボコフ『ロリータ』の病める愛と心理観察

有名な話ですが、ナボコフはアメリカの出版社にこの作品の出版を断られまくり、パリの出版社に持ち込んでようやく世に出すことができました。ナボコフは亡命ロシア人で最初に書いたときは英語で出版された時はフランス語で作品の舞台はアメリカですから、良くも悪くも国際的です。アメリカの出版社が断りまくったのは作品の内容があまりに病んでいて、倫理的な問題も大きいからですが、現代では20世紀の主たる小説の一つに数えられています。

主人公はフランス人でアメリカで教師をしています。ローティーンの少女への関心が強いです。あるシングルマザーの女性と結婚します。主人子は美男子で、女性の心を掴むことに長けています。うらやましいです。本当の目的はその女性の娘さんです。日記に本音を書いています。女性に日記を読まれます。女の子は夏休みなのでサマースクールのキャンプ生活をしています。お母さんは急いで娘さんに「この男に気を付けろ」という内容の手紙を書きます。万事休かと男は諦めます。女性はポストに投函する直前に交通事故に亡くなってしまいます。

男はサマースクールのキャンプ場まで少女に会いに行きます。法律上は父親ですので簡単に面会できます。お母さんが亡くなったという事実を伝え、少女を連れて帰ります。誘惑し、目的を達成します。車に乗り、二人で各地を旅します。男は新しい赴任先へと少女と一緒に向かいます。法律上は父親なのでずっと一緒にいても誰も怪しみません。

ある日、少女がいなくなります。男は必死になって探します。少女はだんだん大人になっていて、若い男性と結婚していることが分かります。男が訪問すると、少女は男性に「父親が来た」と説明し、二人だけになって話し合います。行方不明になった時、とある脚本家の男性に連れていかれたことが分かります。男は決心して脚本家を訪れ、銃で殺してしまいます。

結構長い物語ですが、詳細に内容に触れることはためらわれます。世界的な小説ということになっているので、教養という意味では一回くらい読んだ方がいいです。読むのが面倒な人は映画で観てもいいです。肝になる部分はそれで分かります。映画だったら2時間くらいで終わるのでお手軽と言えばお手軽です。キューブリック監督が撮ったバージョンとエイドリアンライン監督の撮ったバージョンがあります。

作品の中では男と少女のエゴがよくぶつかり合います。「少女のエゴ」は永遠の謎みたいなものです。分かってみれば簡単ですが、それまでは男は悩んで煩悶して死にたくなってきます。理解できた時にはもう遅かったりします。今書きながら思い出して悲しくなってきます。この作品はナボコフの懸命の観察の結果によって少女のエゴを描いています(いろいろ「実験」したかも知れません。わかりません)。サガンの『悲しみよこんにちは』は十代の著者が少女の立場から少女のエゴを描いています。両方読めば、違った視点から人間心理の理解が深まるかも知れません。田山花袋の『蒲団』も読むのもいいかも知れません。ただ、田山花袋の『蒲団』は退屈で、矮小な、女学生にふられる男子教師の姿が描かれます。田山花袋は故意に矮小な男の姿(自己像)を自然主義的に書いたということなのだと思いますが、読んでいてがっくりします。明治小説が好きだという人もいますので、楽しめる人がいれば、それはそれでいいと思います。

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EU解体がわりと本気で語られている件

イギリスの国民投票がEU離脱に決まったことを受けて、ヨーロッパの他の国でも「国民投票をやるべきだ」という声が増えているらしいです。国民所得の比較的高い国では国民投票による離脱を望む人たちが増えている一方、新しくEUに入りたいという国もあって、そういう国は国民所得が比較的低いようです。金持ちはEUから逃げ出して、そうではない人が殺到してくるという構図が浮かび上がります。

EUの基本は関税同盟だとして、それにプラス移動の自由とユーロによる通貨の統合が盛り込まれています。これは見方によるかも知れないですが、巨大な市場に参加できるというメリットがある一方で、関税と金融と入国管理の自主権を失っていると考えることもできなくはありません。かつては夢のある話として語られていたEUが今となっては空中分解、解散、消滅、解体が本気で語られる事態に立ち至ってしまいました。

最近まで世界はグローバル化、フラット化の方向にあったように思いますが、最近になって自国中心主義へと反動が起きているようです。

それらのニュースに触れて、ふと思い出すのは第二次世界大戦前に流行したファシズムです。ファシズムといえばナチスドイツやイタリアのムッソリーニを連想しますが、当時はファシズムに将来性を見出す人たちもいて、イギリスにもファシスト党があったりしたそうです。ファシズムは国家社会主義ですが、どちらかと言えば国家主義の色彩が強く、おそらくは第一次世界大戦後に流行した国際協調主義への反動としてそのような思想が育ってきたのではないかと思います。現代の我々が想像すると結構怖いです。最近の動きとちょっと似ています。

かつて世界最大の帝国だったイギリスは第二次大戦後に次々と植民地を失い、現在の領土はグレートブリテン島と北アイルランドとプラス遠い海を隔てた小さなとかになっています。このままいけばイギリスが消滅するのではないかくらいの不安を感じる人もいるらしいです。スコットランドが独立したり、北アイルランドがアイルランドと統一したり、ウエールズもどうでしょう、みたいなことになれば、中世のイングランド、ヘンリー8世以前くらいまで戻ってしまうことになります。移民が増えても国家が消滅するとは限りませんが、不安を更に感じさせる材料になったようにも見えます。

ドイツのメルケル首相は「EUを離脱したいとか言ってる国はイギリスが今後どうなるかをよく見てから決めたほうがいい」という主旨の発言をしています。怖いです。いっちょしめるぞと言ってるみたいに聞こえます。主観です。エマニュエルトッドとか有名な人が「EUはドイツ帝国だ」と言うのもちょっと頷けます。EUそのものは結構夢のある理想を掲げていたと個人的には思うので、「ドイツの草刈り場だ」という風には思いたくないですが、本当はやっぱりそうかも知れないとも思います。

フランスが抜けるかどうかが鍵になります。もちろん、すぐにそうなるとかという話ではないですが、ルペンさんの人気も上々らしいので、具体的な政治日程として上がってきても不思議ではありません。というかイギリスがEUを抜けた時点で今後の世界は何が起きてもおかしくないし、トランプさんが大統領になっても意外でもなんでもない感じです。フランスが抜けたらEUは実際的に解体したのと同じになります。今年は見ているだけでもエネルギーを使うニュースが多いです。

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シテ島の話

セーヌ川の中にシテ島があります。ノートルダム寺院とかコンシェルジュリーとかポンヌフの橋とかあって観光客が押し寄せる場所です。ノートルダム寺院はでかいです。ノートルダム寺院の夜のミサに参加して、おーノートルダム寺院でミサ受けてるぜとか思うとちょっと得意気な気分になります。気分だけです。シテ島に行くのに警察官の人に道を聞いたら「la cite!」と言ってたので、島は女性名詞だということを知りました。フランス語では女性名詞の冠詞がlaで男性名詞の冠詞がleです。『ラセーヌの星』というアニメがありましたが、これもla seineです。セーヌ川の星という意味です。大人になってからようやく分かりました。興味のない人にとってはどうでもいい話です。

マリーアントワネットが最期まで監禁されていたコンシェルジュリーもシテ島にあります。ルイ18世の時代に公開されて、今も公開されています。コンシェルジュリーは留置場兼刑務所で、お金を払えばましな生活ができたそうです。

ポンヌフの橋があります。ポンヌフとは新しい橋と言う意味です。ポンが橋でヌフが新しいです。ですのでポンヌフの橋と言うと、新しい橋の橋ということになり頓智問答みたいなことになってしまいます。ですが日本語の便宜上ポンヌフの橋と呼ぶことにします。ポンヌフの橋は新しい橋という意味なのに実はシテ島で一番古いそうです。何百年か前に出来たときに「新しい橋だ、新しい橋だ」と言ってるうちに定着し、古くなっても同じ呼び方がされています。上の写真は地下鉄のポンヌフ駅構内のものです。シテ島とその周辺には地下鉄の駅が集中しています。

東京の新橋にポンヌフという立ち食いソバ屋さんがあります。新橋だからポンヌフという名前にしたんだと思います。名前はしゃれてますが普通のそば屋さんです。普通においしいです。最近は電通の人とか日本テレビの人とかがポンヌフまでおそばを食べに来ています。

話が脱線しましたが、ポンヌフの橋はシテ島の一番西側にあります。エッフェル塔がよく見えます。ロマンチックです。オルセー美術館も見えます。ルーブル美術館も近いです。一人で行くのはもったいないです。私は一人で何度となくその橋を渡りました。一人旅をためらっていては私は旅行に行けません。だからこれでいいのです。

パリ市は昔はシテ島の内側だけで街が構成されていたそうです。セーヌ川に囲まれているので安全性が高く、そこに人々が集まって暮らしていたそうです。バイキングがノルマンディあたりからセーヌ川をさかのぼってよく攻めてきます。抵抗したら皆殺しになるのでお金を払って帰ってもらいます。お金がもらえるのでバイキングは時々来ます。その都度お金を払います。一体いつまで続くのか…と不安になりますが、やがてバイキングの子孫はノルマンディ公になってイギリス王朝を開いて100年戦争までやりますのでいつまでも終わりません。100年戦争が終わった後、イギリスが攻めてくるとかはなくなりましたが、その後もイギリス王はフランス王を自称するようになります。戴冠式で「私はイギリス王でフランス王だ(他にもいくつか兼ねてるぞ)」と宣言します。今はどうかは分かりません。イギリスの王朝は何度か系統が交代している(血縁はつながっているが家名が変わる)ので系統によって違うのかも知れません。

シテ島はパリの中心でいろいろ便利そうですが家賃がめちゃめちゃ高いそうです。フランスの上位5パーセントの富裕層しか住めないそうです。うらやましいです。シテ島にマンションがあったら友達を呼んで飲み会がしたいです。

シテ島からセーヌ川左岸(東西に流れるセーヌ川の南側の河岸)へ歩いていくとカルチェラタンに行けます。

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サガン『悲しみよこんにちは』の女の人の心理

『悲しみよこんにちは』はサガンのデビュー作で代表作です。というかサガンの作品では他には特に知っているものがありません。多分、フランス語ではいっぱいいろいろ書いていると思います。ですが、普通に日本で生きててサガンの作品に触れるとすれば『悲しみよこんにちは』で始まり『悲しみよこんにちは』で終わります。いい本です。涙が自然に流れて来そうなくらいとてもきれいで切ない内容です。

お父さんと娘のセシルが南フランスの海辺のリゾートで夏休みを過ごします。きらきらとした透明感のある素敵な夏休みです。お父さんは離婚しています。でもかっこいいのでとてももてます。作品に詳しく書かれているわけではないですが、きっとガールフレンドが沢山います。そういう設定になっているはずです。うらやましいです。娘のセシルもお父さんが大好きです。かっこいいお父さんが自慢です。セシルはお父さんがガールフレンドと遊んでも別に気になりません。お父さんにとっては私が一番なのよ。くらいに思っています。むしろ他の女の人たちに対して優越感を持っているくらいです。

ところが事情が変わってきます。お父さんが真剣に愛する新しい結婚相手を南フランスの別荘に連れてきてセシルに引き合わせます。新しいお母さんはマジメで聡明で素敵な美人です。もてる男性は遊び相手と真剣に愛する人とは選び方が違うのだと、著者よく観察しています。セシルと新しいお母さんは仲良くなれるようにお互いに努力しますがうまりうまくいきません。互いに悪気がないだけに余計に歯がゆい感じです。新しいお母さんに用事ができてしばらく南フランスを離れます。その間にセシルは一計案じます。同じリゾートで夏休みを過ごしているお父さんの最近までいたガールフレンドを使おうと考えます。お父さんにいろいろと吹き込みます。「あの人を最近見かけたけどきれいになってた」とか適当なことを話します。お父さんは男です。男は単純です。セシルにそういうことを言われると、また前のガールフレンドと遊びたくなってきます。セシルがいろいろと策を講じた結果、とうとうお父さんは前のガールフレンドとどっかへ遊びに行ってしまいます。そこに新しいお母さんが帰ってきます。何が起きているのかすぐに察知します。車に乗ってどこかへ行きます。「無事に帰って来てくれるだろうか」と心配していたら、新しいお母さんが亡くなったという連絡が届きます。新しいお母さんは車と一緒に谷底に落下してしまい、自殺とも事故とも判別できません。セシルは自分の意地悪な思いつきで素敵でマジメな新しいお母さんを死なせてしまったことを後悔し、生涯、その罪悪感とともに生きる覚悟をします。生涯悲しみとともに生きる覚悟をします。生涯の友である悲しみがやってきます。悲しみよこんにちはです。

女の人の心理がよく出ています。多分、もてる男性のタイプにそんなにバリエーションはありません。女性の作家は男性のバリエーションにあんまり関心がない場合が多いように思います。むしろ同性のバリエーションをいろいろ細部まで書きます。男はワンパターンでいいです。紫式部の『源氏物語』と同じです。サガンが十代の時に書いた作品ですので、技巧とかそういうのではなくごくごく自然に書いた作品なのではないかと思います。自然体で短い作品で、心境がきちんと描かれているので読みやすいです。文学少女風のきれいな文章です。翻訳でしか読んでないので本当の原文のことは分かりません。男性が読んでもいい作品です。自分の来し方や在り方について省みることができます。できないか…?

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パリのタンプル塔跡をたまたま通りかかった話

フランス革命でルイ16世一家はベルサイユ宮殿からパリ市内のチュイルリー宮殿に移動させられます。ベルサイユ宮殿がヨーロッパ一の豪奢な建築だったのに対し、チュイルリー宮は久しく人が使っていなかったため、あちこちほこりを被っていて設備も故障が多く、手狭でマリーアントワネットはたいそう意気消沈したと言います。チュイルリー宮はルーブル宮の近くにあります。

当時、フランス国民と議会は絶対王政には否定的でしたが王制の維持には肯定的で、ルイ16世一家に命の危険が及ぶ考えていた人は少ないと言います。ただ、革命を経験して人々の心のうつろいやすさを見ているルイ16世とマリーアントワネットの目から見れば、とても安心できる状態ではなかったかも知れません。

一家は馬車で密かにパリを脱出し、ヴァレンヌで捕まえられるという有名なヴァレンヌ事件が起きます。これで世論が一機に硬直し、王の処刑を叫ぶ人々が登場したと言われています。そういう意味ではターニングポイントですが、王家の人々から見るとそれ以前から既に警戒しなければならない空気が感じられたのかも知れません。

いずれにせよ、それにはよって王家はタンプル塔に監禁され、犯罪者同様の扱いを受けるようになります。その場所はセーヌ川右岸、パリ3区になるので、パリ同時多発テロがちょうど発生した地域とある程度重なるのではないかと思います。

私がパリに行ったのはテロ事件の前の年だったので、そういう悲痛な場所だという感覚はありませんでした。滞在中はなんとなく気になって、フランス革命の関係した場所に行きたいなあという思いが湧いてきて、タンプル塔もできれば見に行きたいと思っていましたが、どこにあるのかもよく分からず、観光客が訪れるには若干マニアック過ぎるので地元の人に質問したら怪しまれはしないかと不安になり、諦めようかと思いつつたまたま歩いていて通りかかったのがタンプル公園で、詳しい本には今は公園になっていると書かれていて、もしかしてここかと。念ずれば通じる現象が起きた感じです(私の人生でそういうことはめったに起きないのですが…)。

ルイ16世はタンプル塔から革命広場へと引き出され、断頭台にかけられます。マリーアントワネットはタンプル塔からシテ島内にある裁判所兼留置場みたいな機能を持っていたコンシェルジュリーに移動させられ、二ヶ月ほどの裁判の期間を経て最期は革命広場で断頭台にかけられます。コンシェルジュリーから革命広場へと引き出される時の肖像画が残されていますが、大変につかれた様子で、ベルサイユ宮殿に残されている華やいだ感じの肖像画とは別人に見えます。描き手のくせの違いもあるはずですから、簡単に結論できませんが、あまりにも違うのでマリーアントワネットは直前に別人と入れ替わったとする生存説もります。でも、もし本当に脱出できていたらオーストリアに帰って子どもの救出のために全面戦争をしたでしょうから、多分、脱出した可能性はないと思います。

ベルサイユ宮殿の離れ、グラントリアノンだったかプチリアノンだったかに展示されていたマリーアントワネットの肖像画の写真です。華やかです。多分、プチトリアノンだったと思います。

マリーアントワネットの華やかなな感じるのする肖像画です
マリーアントワネットの華やかな感じるのする肖像画

息子さんのルイ17世はタンプル塔で激しい虐待を受けて亡くなってしまいます。娘さんのシャルロットは生き延び、王制が復活したら王族としての生活を送りますが、当時、両親と弟を死に追いやった人々を決して赦さなかったと読みました。ルイ17世が受けた虐待はここで書くことを憚られるほど酷かったようです。素直にかわいそうだと思います。

ナポレオンが政権を取った時に、おそらくは忌まわしいという理由でタンプル塔は取り壊され、今はその跡地が公園になっています。超絶合理主義者だったであろうナポレオンらしいように思えます。このナポレオンの判断には好意的な印象を持ちました。

子どものころにやっていたラセーヌの星というアニメでは息子さんと娘さんは救出されます。マリーアントワネットは子どもの安全に確信を持ち、安心した表情で革命広場へと連れて行かれます。王家一家があまりにも残酷な運命を迎えたのが辛いので、そういう明るい終わり方を作者が選んだのだと思います。

ベルサイユ宮殿に展示されているマリーアントワネットと二人の子どもの肖像画です。幸せそうです。その後の運命のことを考えると見るのがちょっと辛いです。

マリーアントワネットと二人の子どもの幸せそうな肖像画
マリーアントワネットと二人の子どもの幸せそうな肖像画


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イギリスのEU離脱といろんな人の感情について

イギリスではEU離脱に賛成票を投じたことを後悔している人が結構いるそうです。まさか本当にEU離脱になるとは思っていなくて、残留派をびびらせてやろうくらいの軽い気持ちで離脱に票を入れてしまい「まさか本当に離脱することになるとは思わなかった」と焦っている人がいっぱいいるらしいです。もう一回住民投票をしてほしいという声もあるそうです。普通に考えて、もう一回はないだろうと思いますが、手続き的にもう一回やれるのならやってもいいかも知れません。

日本が国際連盟を脱退したときもクールダウンの期間が二年間与えられていて、その間、日本は律儀に分担金を払っています。二年もあれば気の迷いが晴れて落ち着いた気持で本当に残るか出ていくかを決心することができるだろうということです。日本は二年も冷却期間をもらっているのにそれでも脱退したのですから、本当に当時の指導者はどうかしていると私は思います。松岡洋祐はいろいろな意味で哀れです。本人は脱退するつもりがなかったのに脱退の責任者になってしいました。

ちょっと脱線しましたが、国際連盟にもクールダウン期間があったわけですから、EU離脱にクールダウン期間があっても全然いいと思います。もう一回やらせてほしいというのなら、やらせてあげていいと思います。もちろん、かっこ悪いです。前言撤回とか意思決定のやり直しとかかなりみっともないです。ですが、メンツを言っている場合ではありません。

そもそもEU離脱話は敢えていえば「ふわっとした民意」みたいなものです。その時々でふわふわ変わっていきます。民主主義ですから人々は投票結果に責任があります。それをころころ変えるとか、同じテーマで何度もやるというのは民主主義の仕組みとあまり合わないかも知れません。国民投票やり直しの前例ができると、今後「自分の意に沿わない結果が出たらやり直し大合戦」が繰り返されることになりかねません。そういうのは無理です。ということはこれで終了で、このまま粛々と離脱手続きが進められることになりそうな気配です。

EU加盟国の偉い人が6人並んで記者たちの前に姿を現し「離婚手続きは速やかに進めてほしい。その方がEUの将来像を描くことに集中できる」と声明しています。明らかに怒っています。投票前までヨーロッパ各地で「EUに残ってラブコール」みたいなメッセージがたくさん出されていたので、今はその反動がついているかも知れません。痴情のもつれみたいになっています。別れ話を切り出されてだったら今すぐ出て行け、こっちの方から願い下げだみたいな、売り言葉に買い言葉状態にも見えなくもありません。

多分、もともと、イギリスと大陸は相性がよくなかったのかも知れません。気のせいだとは思いますが、ロンドンの中継映像とEUの偉い人たちの会見の映像からは気候や風土みたいなものが随分違うように感じられます。気質も世界観も私たちの想像以上に違うのかも知れません。なので、だったらどうぞ、と大陸側の人も言いやすいのかも知れません。EUに入っているのにポンドを維持してきたことも、いつでも足抜けできるようにしているみたいで気に入らなかったのかも知れません。

今、ポンドはユーロに対してダダ下がりになっているらしいです。ユーロよりもポンドの受ける打撃が大きいとの観測が強いみたいです。ただ、短期的なものは投機マネーで上がったり下がったりするので、上げるだけ上げていきなり落としたりしてくることもあるので、短期的なこと、数日の動きだけでは何とも言えません。

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ガルシアマルケス『予告された殺人の記録』の人の心の哀しさと弱さと

短かい小説です。一日で読めます。物語に入り込めるまで少し時間がかかります。入り込んでしまえればあっという間です。同じ著者の『百年の孤独』はゆっくり読んだら2ヶ月くらいかかります。ガルシアマルケスがどんな作家かを知るには『予告された殺人の記録』を先に読むのも一つの手です。

若い男性が結婚します。若くて家に財産があって、いい男です。大変おめでたいです。ある男が花婿を殺すと言って歩きます。周囲の人に宣言して回ります。誰も本気にしていません。ただの嫉妬で嫌がらせを言って歩いているだけだと思っています。実際、その男はただの嫌がらせのつもりで「花婿を殺す」と言って歩いています。でも、誰も本気にしてくれないので、どんどん発言のトーンを上げていきます。ヒートアップしていきます。言えば言うほど「言うだけ番長」のリスクが高まっていきます。早くそんな発言は取り消して、お酒でも飲んで寝てしまうのが一番です。ですが男は、有言実行しなくてはいけないという心境になっていきます。自分の発言に自分が縛られていきます。その心境には「俺は口だけじゃなくて、やる時はやる男だ」と周囲の人に分からせたいという願望があります。阿Q的なものを感じます。更に心の奥を探れば自己嫌悪があります。自分への自信のなさがあります。承認欲求があります。「やる時はやる」の意味を勘違いしています。「やる時はやる」ことを証明するために人を殺してはいけません。お金を稼いだり、弱い人を助けたりしなくてはいけません。しかし、男にはそこまで考えがいきません。それまでいろいろ努力してどれもうまくいかなかったので、生産的な方法を考えることができなくなってしまっていたのかも知れません。

そしてとうとう花婿を惨殺してしまいます。酷いです。幸せの絶頂にある人に対して酷過ぎます。花嫁にとっても残酷です。村中の人が殺人予告を聞いていながら、誰も止めることができなかったのはなぜか?という疑問が湧いてきます。どうせやれないと思っていたからです。やれるものならやってみろと思っていたからです。ただ、もしかすると「やったらやったでちょっとおもしろい。高見の見物ができる。しばらくその話題で楽しめる」と微かに思ったかも知れません。幸せな花婿に対する妬みは他の人にもあったのかも知れません。なので、敢えてなんとかしようとしなかったのかも知れません。周囲の人々の成り行き任せ、希薄な責任感、犯人の男の安易な自己顕示欲がぴたっと合わさることで事件が起きてしまいます。

そこにあるのは弱さです。人々は積極的にコミットすることでリスクを負いたくないと思っています。男には自分の発言を撤回するだけの強さがありません。そうでもしなければ誰も男に関心を向けないという疎外もあります。深い孤独があります。深い孤独を噛みしめる人物の心を理解するのは面倒だという無関心があります。

短いですが怖い小説です。誰にも関心を持ってもらえない人物が他人を傷つけることで注目されようとする事件は時々起きます。男のやったことは怖いですが、周囲の無関心も怖いです。無関心だった人にも責任があると著者は言いたいのではないかと思います。大島渚の『飼育』みたいな感じです。そこは私の想像です。

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トランプ氏がスコットランドへ行った件

イギリスの国民投票の結果が出たその日、トランプ氏はスコットランドのご自身のゴルフリゾートへ行っておられました。ビジネスという建前ですが、もちろん、史上稀にみる大投票について微妙な場所で発言すればメディアが食いつくに違いないと考えてのことと思います。ただし、私個人としては選挙対策上、あまり好ましくないのではないかという気がします。私はトランプ氏に大統領になってほしいともなってほしくないとも思っていませんし、それについての意見はありませんが、この件について試みに考えてみたいと思います。

イギリスでEU離脱が盛り上がった背景には移民問題があります。変な言い方ですが、今は先進国で暮らせる人になれるかどうかの椅子取りゲームみたいになっていて、生活をかけた深刻な問題になっています。トランプ氏としては「イギリスはイギリスファースト、アメリカはアメリカファーストでOKだ」ということなのだいうメッセージを出したいのだと推量しますが、世界の市場が大混乱を迎えるこんな時期に外国に行っている人が「アメリカファースト」と呼びかけてアメリカ人の心に果たして響くだろうかという疑問が湧いてきます。国内で新しいゴルフリゾートを作ったならセーフです。フロリダでもカリフォルニアでもルイジアナでも好きなところに作ればいいです。「私はこのようにビジネスを通じて雇用を生み出している」と胸を張ればいいのです。トランプ現象とサンダース現象の背景には、アメリカ人の多くが将来に不安を感じているということがあります。今、先進国の人はみんな将来に不安を感じています。だから、たとえば今回のような大投票があるときはアメリカにいて、アメリカ人の利益をちゃんと考えているというフリだけでも見せなくてはいけません。

今回のスコットランド入りを見た人は、いざとなったら自分だけどっか安全なところへ行きそうな人だなぁと漠然と感じると思います。その逆はないです。イギリスに行ったとしてもキャメロンさんに会うとかならまだいいです。政治家としての存在感を示したくらいの評価はできます。しかし、大統領選がこれから大詰めに入ろうと言うときにビジネスをしている印象はよくありません。大統領になってからも片手間でビジネスしそうです。もともとそういう風に見えているので、決定的な印象を与えるようなことは避けなくてはいけません。

しかし、もうやってしまいました。今思えば、選挙スタッフの幹部が辞めるという経緯も「スコットランドに行く、行かない」でもめたのではないかという気さえしてきます。想像です。トランプ氏はテレビをよく知っている人だということで有名ですが、今回はちょっと狙いすぎて外したのではないかという気がします。

ヒラリークリントンさんは最近は少し調子がよさそうです。スピーチをする表情に余裕が見られます。サンダース氏とデッドヒートをしていた時は大声で景気よく、という感じのスピーチで、明らかに焦っていましたが、その山場をいったん抜けたからか、ゆっくりと落ち着いた声で話しています。前は「厚かましいおばさま」イメージが強かったですが、落ち着いて話す姿はさすがです。堂々としています。「インテリジェンスとウイットのあるおばさま」に見えます。ヒラリークリントンさんに勝ってほしいとかほしくないとかはありません。

ただ、情勢的にはトランプ氏はお金もないしメディア戦略も外してるし大事なスタッフは辞めてしまうしで、ゆっくりと黄信号が灯っているように見えなくもありません。6月の段階で勝負が決まってしまっては面白くありません。今後もおもしろい感じになってくれるように期待しています。

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ウンベルトエーコ『薔薇の名前』の本と毒と笑い

ウンベルトエーコ先生の『薔薇の名前』はヨーロッパ中世の歴史に対する深い造詣によって支えられた凄い物語だと言われています。あんまり深いので普通の日本人にはどこに知識が生かされているのかよく分かりません。でも多分、ディテールがめちゃめちゃしっかりしているのだろうと思います。知識がなくても楽しめる本です。身もだえするほど面白いです。素人でも玄人でも楽しめる本です。

中世のいずれかの時代の、ヨーロッパのいずこかの物語です。主人公の修道士の若者が師匠と一緒に旅をしていて、ある時、とある修道院に辿り着き、しばらく寄宿させてもらいます。修道院で暮らす修道士の人々は、あんまり尊敬できる感じではありません。だらっと生きています。聖書を書き写すのが日常の仕事です。ノルマも特にありません。わりと楽して生きていて、そんなに規律正しくもありません。修道院の年老いた偉い人たちは若い修道士に対していろいろ怒っています。「ワインを飲んでもならない」という規則があったのに、最近では「ワインを飲み過ぎてはならない」と言わなくては誰も規則を守らない、それだけ若い人がなってないなどとにがにがしく思っています。

「最近の若い連中は…」という愚痴は古代ギリシャの文献にも出てくると言います。「最近の若いやつは…」は時代を超えた普遍的な愚痴のパターンだということが分かります。私もおしゃべりばっかりしている学生を見ると「最近の若いやつは…」と思いそうになります。そしてそのたびに「あ、これは普遍的な愚痴のパターンだった」と思い直します。学生を笑わせるつもりでジョークを言ってすべった時はかなり落ち込みます。その時に私は「今の若い人はセンスが悪いから俺のジョークが理解できなかったんだ」と思うことで自分を防衛しようとします。それから、「あ、そうだ。ジョークが面白くなかったのはジョークを言った人間の責任だ」と思い直します。「最近の若いやつは…」は絶対に言わないと誓っていないと言いそうになるので要注意です。でもなんだかんだ言って教師は自分の学生には甘いものなので、学生がちょっといい子にしていると過去の悪い態度とかすっかり許してしまいます。教師なんて簡単でいちころな存在です。

話が脱線しましたが、イシグロカズオさんの『忘れられた巨人』に出てくる修道院の人たちもいわば世捨て人、悪い言い方をすればちょっと社会不適合な感じの人たちみたいに描かれていますが、エーコ先生の『薔薇の名前』の影響を受けたのではないかという気もしなくもありません。

滞在中に殺人事件が起きます。水槽から両足を出して死んでいるとか、金田一耕助の『犬神家の一族』みたいな死に方をしています。他にも何人も死人がでます。でも死因が全く分かりません。外傷がありません。自殺というわけでもありません。どうして死んだのかさっぱり分かりません。完全犯罪です。読者もこの段階では首をひねるしかありません。

師匠が事件を解くカギをいろいろ集めて最後には犯人を突き止めます。犯人はこの修道院で一番偉い老人です。老人がある本に毒を塗っていました。その本を読んだ人はページをめくる際に唇に指をあて、指を少し湿らせてページをめくります。それを繰り返すうちに毒がその人の体内に入り込み、本を読み終わってしばらくすると死んでしまいます。外傷も残りません。解剖でもしないと分かりませんが、法医学とか司法解剖とか多分まだない時代なので、犯人の自白がない限り、死因は永遠に分かりません。この完全犯罪の手法は池澤夏樹さんの『マシアスギリの失脚』でも政敵の暗殺方法として使われています。作品の中で「ネタ元は『薔薇の名前』だ」と読んだことのある人にだけ分かるように書いてあります。他に『王妃マルゴ』という映画でも同じ方法で王様が死んでしまいます。『マシアスギリの失脚』では二時間くらいで死んでしまいますが、『王妃マルゴ』では何日もかかって死んでしまいます。そんな細かいことはどうでもいいと言えばどうでもいいです。

問題は動機です。毒が塗られていた本はアリストテレスの喜劇に関する本です。アリストテレスは笑うことは健康にいいと書いています。しかし、修道院では笑ってはいけないという規則があります。アリストテレスのような超有名なギリシャ時代の書き手が「笑いなさい」と書いていることがバレると結構まずいです。一番いいのは本を捨てることですが、人類共通財産である本を捨てることはためらわれます。従って、本を読んだ人、内容を知った人だけを確実を殺さなくてはいけないという結論に達し、本に毒を塗ったというわけです。

『薔薇の名前』は人類史上最高の推理小説みたいな言い方をされます。その通りだと思います。読んでいる時は面白すぎてしびれます。早く続きが読みたくて身もだえします。でも分厚いので読み終えるのに時間がかかります。本に書いてる字も小さいです。でも面白いので問題になりません。読み終えるのがもったいないと思ってしまうので、もっと長い物語になっても文句はないくらいです。



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