シンドラーとファニア

ナチスによるホロコーストに関する映画はたくさんある。ただ、今後の世界に語り継がれ、観続けられる映画をその中から選ぶとすれば『シンドラーのリスト』と『ファニア歌いなさい』ではないかと思える。二つの映画はともにホロコーストを糾弾することを目的とした映画だが、作り方は全く違っている。『シンドラーのリスト』では恐ろしい場面は多く登場するが、『ファニア歌いなさい』ではそのような場面はそう多くはない。しかし、映画を観た後により強い恐怖が頭の中に残るのは、『ファニア歌いなさい』ではないかという気がする。

『シンドラーのリスト』は分かりやすい。スピルバーグはナチスに対して容赦がない。一切の敬意を払う必要がないと彼はきっと考えているはずだし、『プライベートライアン』では降伏の意思を示したドイツ兵が殺害される場面が複数回あるが、スピルバーグが意図的に入れていることは間違いないと確信できるし、それが国際法違反だとしても、だからどうした?という彼の意思を感じる。ナチスは国際法によって守られる必要すらないと確信しているのではないかと私は思う。そのため、インディジョーンズも含んで、スピルバーグの描くナチスは単純であり、分かりやすく、簡単に言うと敢えて幼稚に描いている。いい年をした大人であっても人間的成熟ができておらず、総じて愚か者である。だからなのか、『シンドラーのリスト』には文脈がある。ナチスの人間に聡明さや成熟、人間的な愛情、そういったものは一切ない。ナチス党員もシンドラーも幼稚な人間である。ただ、シンドラーに限ってはホロコーストからユダヤ人を救ったという功績があることは認めるので、ある程度免罪する。ただし、映画の最後で号泣しなければならない。ざっくりとにはなってしまったが『シンドラーのリスト』には、そういう文脈があるので、観客はこの映画が何を言いたいのか理解することができる。

一方の『ファニア歌いなさい』にはそういう文脈がない。あらゆるステレオタイプが破壊されているので、観客は誰に感情移入していいのかも分からなくなっていく。強制収容所に入れられている人間の中にも碌でもないのがいて、小さな利益のために平気で人を裏切る。しかし、そのような心理が働いてしまうことが観ている側にとっても全く理解できないわけではない。強制収容所に入れられていた人たちは被害者であることに違いはないが、被害者の中でも加害者になる側を選ぶ人間が出てくる。この段階で、すでに二時間余りの長さの映画としては難解になってくる。描かれるドイツ人の姿もこの映画をより難解にしている。女性ナチス将校は、囚人から幼い子供を奪い、その子を慈しみ、愛し、育てようとする。この段階で既に難解である。ナチスの医者も登場するが、真面目であり、教養人であり、そして普通のおじさんである。アイヒマンを連想しなくもないが、ドイツという豊かな音楽と哲学を育んだ教養深い人々の住む国で、ナチスが台頭したという事実が如何に難解なことなのかをこの映画は敢えて描こうとしたのではないかとも思える。従って、台詞のやりとりにはそれぞれ意味はあるに違いないのだが、総じてバラバラであり、まとまっておらず、登場人物たちはただ、頭に浮かんだことをそのまま口に出しているだけで、正しいまとまりのある意味を持った言葉のように受け取ることができない。観続けるに従い、意地の悪いクロスワードパズルの答え合わせをしているような心境になってくる。若い女性たちが栄養視聴で痩せ細り、頭を剃られ、楽器の練習をしたり、お葬式をしたりする姿は異様であり、これが実話に基づいているということを思い出し、改めて恐怖が深まる。収容所に入れられている人たちに人間性と狂気の両方があるのと同様、入れる側のドイツ人にも人間性と狂気の両方がある。しかもそれは相互に描かれるのではなく、同時に描かれる。一緒くたになっていて、作品は観客に苦しむことを要求している。私も苦しみながらこの映画を観た。私は日本人なので、自分の祖父母の世代がアドルフヒトラーと同盟していたことを残念に思う。その残念さが加わることで、私の混乱は深まったし、映画が終わった時、私は自分が愕然としていることに気づいた。

『シンドラーのリスト』を観れば涙が出る。『ファニア歌いなさい』は愕然とする。もし、いい映画の条件の一つが、観客に考えこませることだとすれば、『ファニア歌いなさい』の方がいい映画なのかも知れない。もちろん、二つの映画作品に優劣をつけることは好ましいことではないのは当然なのだが、私の文章力ではこのようにでもしなくては自分が受けたショックを整理できないのだ。

私は最近、何度か繰り返し『この世界の片隅に』を観て、その都度愕然とした。なぜ愕然とするのか自分でもよく分からなかったのだが、繰り返し観ることで、多少は整理ができてきた気がするので、機会を見つけて書いてみたい。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA


This site uses Akismet to reduce spam. Learn how your comment data is processed.