昭和天皇とマッカーサーの関係をよくよく考えてみた

非常に有名な話だが、マッカーサーは昭和天皇と初対面の時にその人柄に感動し、昭和天皇は日本の再建に必要な人物だと確信したという。私も以前はその話を信じていた。それを否定するべき材料を見つけることができなかったからだ。しかし、最近は違った考えを持つようになってきたので、ここである程度整理しておきたい。

まずマッカーサーが昭和天皇の人柄に感動したという話についてだが、天皇からの対談の申し入れがあった際、マッカーサーは「不安を感じた」とされている。昭和天皇が命乞いに来るのではないかと思ったし、そのようなことは自分の一存では決められないとも思ったからだ。そして、世界征服を企んだ人類の敵をわざわざ助ける義理もないとも言えるかもしれない。しかし、実際に会ってみると昭和天皇からは「自分の身はどうなってもいいから国民を救ってほしい」と言われ感動したのだということになっている。

だが、この話の出どころはマッカーサーの回顧録による。昭和天皇は生涯、実際に何が話し合われたかについては口外しなかった。とすれば、この話は当事者の一方からのみ出た話で、裏付けがとれる類のものではないと言えなくもない。日米双方に通訳者がついていたため、通訳者の証言も残っているが、その証言は大筋ではあっているが微妙な違いがある。もちろん、通訳はある程度意訳しなければならない場合が多いため、微妙な差異があっても不思議ではないのだが、通訳にはそもそも守秘義務があるため、そこで知り得たことを話すことはゆるされない。そのため、裁判などで宣誓した上で証言するならばともかく、そうでない場合、どの程度通訳証言を信用するべきかは難しい問題になる。

また、そもそも「自分はどうなってもいいから他の人を助けてほしい」というのは美談過ぎる。果たしてそのようなある種の自己犠牲的精神論だけでマッカーサーがころっといってしまい天皇を熱烈に支持するようになったという話は、関係者に都合よくできすぎているのではないかという気がしてならないのである。当時、多くの人が昭和天皇はドイツのファシストと同様に罰せられなくてはならないと考えていたはずだし、仮にどれほど人間的に魅力があったとしても起訴すべき訴因があるとすれば、いい人だからという理由だけで責任を免除するということは考えにくい。

そのため、私は初対面で両者は全く違った話が行われたのではないかと考えるようになった。具体的に何が話し合われたかは証明不可能だが、その後の歴史の展開を見ると、多少の想像は可能だ。まずマッカーサーは大統領選挙に出馬する意欲を持っていた。そのためには日本占領に成功することが絶対に必要だと考えていたことは間違いない。マッカーサーが最も不安に感じたのは果たして最近まで頑強に抵抗していた日本人が意のままに動くかどうか分からないという点にあったのではないだろうか。当時のアメリカ人であれば、天皇が日本人に対して神秘的な影響力を持っていると考えていても不思議ではないし、マッカーサーの立場であれば、もはや戦争の決着がついた後、わざわざ天皇を訴追して日本人がどういう反応を示すかを心配するよりも、天皇には責任がないことにして占領に利用することを優先したとしても不思議ではない。一方、昭和天皇は天皇家の存続を確保することに主眼があったに違いない。天皇家さえ存続すればたとえば日本が領土を削られたり、国際法上敗戦国として不利な地位に置かれたりしたとしても、いわゆる国体は保持できる。そのためにマッカーサーの支持を取り付けることは必要だっただろうし、譲歩できる部分はいくらでも譲歩する覚悟はあったはずだ。

要するに天皇を保全し、天皇の協力のもとでアメリカ軍による日本占領を完遂するということで両者の利害は一致していたのであり、ある程度の下交渉が行われた上で、初対面の際にそれを確認し合ったということが真相なのではないかと私には思える。

ただし、それを大っぴらに口外することは両者にとって不利である。マッカーサーは世界に対して昭和天皇を訴追しない理由を明らかにしなくてはならなかったし、昭和天皇も日本の半永久的占領と引き換えに国体護持を図ったということは憚られる。そのため、マッカーサーは昭和天皇の美談を創作し、通訳もそれで口車を合わせることになり、昭和天皇は沈黙を貫いたのだとすれば、筋は通る。マッカーサーは天皇を訴追すれば日本国内で叛乱が起き、100万の軍隊が必要になるとワシントンに脅しをかけた。昭和天皇はラジオで人間宣言を放送し、国民感情の慰撫に努めたというわけだ。

それが正しいことだったかについては賛否あるかも知れない。マッカーサーの個人的な政治的野心と、昭和天皇のやはり国体護持という政治的目標が合致して占領政策が行われ、その後日米安保が結ばれたのだとすれば、納得できないと言う人もいるかも知れない。私個人は立憲君主制を支持しているので、天皇家が存続したことは圧倒的敗戦の事実の前では戦争で敗けて交渉で実を獲ったとも言えるので、これでも良かったと思う。果たして天皇が訴追された際、本当に日本国中で叛乱の嵐が吹き荒れたかどうかは疑問だが、そうなってもおかしくはなかったので、ある程度穏便に物事を進めることにはなったと思うし、日本の再建にはよりよい効果があったと思う。もちろん、価値観の問題があるので、飽くまでも私は個人はそう思うということに留めたい。マッカーサーは大統領にはなれなかったが、それは私の知ったことではない。

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