『火垂るの墓』をもう一度みて気づく「無責任の体系」

高畑勲監督が他界されたことを機に、『火垂るの墓』についてよくよく考える日々が続き、もう二度と見たくないトラウマ映画だと思っていましたが、やっぱりもう一回見ないと何とも言えない…というのもあって、改めて見てみました。ネットで広がる清太クズ論は私の内面からは一掃され、それについては完全否定するしかないとの結論に達しました。

父も母も家もない状態で、清太は妹を守ることに全力を尽くしており、金にものを言わせようとした面はありますが、最後に頼れるのはお金と思えば清太が金を使うことは正しく、更に言えば盗みをするのも妹と生き抜くためにはやむを得ません。それこそ非常時です。空襲で家を焼かれなかった人の数倍、清太個人にとってはとても支えきれない大非常時と言えます。

西宮のおばさんが悪いのでしょうか?私は自信をもって西宮のおばさんが悪いと断言できますが、悪いのは西宮のおばさんだけではないというのがこの作品のミソではないかと思います。とはいえ、まずは西宮のおばさんを糾弾するところから始めたいと思います。確かにおばさんにとっては、清太と節子の兄妹は厄介者です。しかし、親を亡くして焼け出された兄妹に対し「疫病神」だのなんだのと言っていびり倒すのは間違っています。印象的なのは清太が決心して節子とともにこっそり西宮のおばさんの家を去ろうとした際におばさんと不意に遭遇してしまった時の様子です。おばさんは「気いつけて」「せっちゃん、さようなら」と言い、心配そうに二人の後ろ姿を見送ります。おばさんは大人なのです。出て行こうとする二人に対して「何をバカなことを考えているのか。二人で野宿でもするのか。いいから家にとどまってこれからのことをよく考えなさい」と説諭してしかるべきです。しかし、心配そうに見送るだけなのです。いびり倒した上に心配そうに見送るだけのおばさんに非があって当然です。おばさんの家には少なくとも三畳間が余っているわけですし、食料がないと言っても清太と節子の食料の配給もあったのです。二人は野宿者となり、配給すら受け取れない状態へと自滅していく様子がおばさんにはありありと見えたはずです。にもかかわらず、心配そうに見送るだけしかしない大人の責任とは問われなくてはいけません。

この作品では大人の「無責任」が随所で強調されています。たとえば清太が盗みを働いた農家の男は清太を殴り倒し、おさない妹がいることを知りながら「自分が受けた被害」だけに憤慨して警察に突き出します。西宮のおばさんは「助け合い」を清太に強調しましたが、おばさんも所属する大人の世界は我が事のみを考える世界だったわけです。警察官は清太に優しいですが、水を飲ませるだけで今後の二人を助けるきっかけを与えようとまでは考えません。警察官も無責任なのです。清太が母親の着物やお金と交換に食料をもらいに行っていた農家のおじさんも清太にお金がないと分かった瞬間に食料の提供を拒み「うちではそんなに余っていない」「お金や着物のことを言っているのではない」「おばさんに頭を下げろ」と米のおにぎりを食べながら諭しますが、はっきり言えば交換できる物のないやつに与える飯はねえというわけです。

節子が亡くなって荼毘にふすために必要な材料を買いに行ったとき、お店の人が呑気そうに「今日はええ天気やなあ」と言いますが、その表情が実に幸せそうであり、清太にとって重大事である節子の死に対する慎ましい態度というものを見せようとする気遣いすらありません。

高畑勲監督が『火垂るの墓』は反戦映画ではないと言っていましたが、今回改めて見てよく分かりました。これは戦争の悲惨さを描く作品なのではなく、丸山眞男が唱えた「無責任の体系」を描く作品だったのです。ですから、美しい日本とか、助け合いの日本とか、公共道徳に優れた日本とか言ってるけど、お前らみんな、清太と節子を見捨ててるじゃん。と監督は言いたかったのではないかと私には思えます。丸山の無責任の体系のその中心に天皇がいるという議論には私は賛成しかねます。天皇制があるから戦争中の日本人が無責任だったのだという議論そのものが無責任だと私には思えるからです。新聞が煽り、国民も多いに沸いて主体的に戦争に関与し、ある人は儲けも得て、戦争に敗けたら〇〇が悪いと言い立てて自分には責任がないと言い張ろうとする姿こそ無責任です。そしてそれは少なくとも『火垂るの墓』が制作されたその時に於いても同じなのだと高畑監督は主張したかった。だから最後に現代のきらびやかな神戸の夜景のシーンを入れたのではないかと私は思います。

余談というかついでになってしまいますが、統制経済を導入し食料を配給制にして、隣組に入っていないと配給すら受けられないとする、ちょっとでもコースから外れたら即死亡という体制翼賛的国民総動員社会を作ったのは近衛文麿です。国民総動員の名のもとに国民の自由意思を制限し、全てをお国に捧げざるを得ないように仕向けた結果、戦争も敗戦も自分には何の責任もないというロジックが生まれたとすれば、敢えて私は清太と節子が死んだのは、近衛文麿がせいだと言いたいです。

トラウマ映画の『火垂るの墓』ですが、今回は初見ではなく節子が死ぬことは最初から分かってみていましたし、いろいろな情報を得て感情面でも中和してみることができましたから、心理的ダメージは少なくて済みました。もう一回見たいかと問われれば、もう二度と見たくありません。

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