ゴッホとテオと日本

後期印象派の画家で、現代でも多くの愛好家から支持されているゴッホは、生前はほとんど作品が売れなかったこともよく知られています。彼は画家としての成功を目指しつつ、画家として活動を始めたばかりのころは思うように絵が描けずに悶々としていたようです。彼は必ずしも楽しい人生を送ったとは言えませんが、少なくとも一人、彼を愛し支え続けた人がいました。弟のテオです。テオは彼自身が画商としての仕事をしつつ、画家としての大成を目指すゴッホを金銭的にも支援し、且つ、精神的にも信頼と愛情に溢れた手紙を互いに交換し合い、支えていたことは大変によく知られています。

ゴッホの作品はいくつかの時期に区分されるようですが、日本人にとって特に有名なのは、ゴッホが自ら命を絶ってしまう直前の時期に浮世絵に触発され、多くの作品を描いたことでしょう。

フランスで浮世絵に対する関心が集まり、LE JAPONという書籍が19世紀の末頃に発行されるのですが、彼はその書籍で紹介されている浮世絵に大きな魅力を感じたようです。ゴッホは何度も作品を模倣し、漢字まできちんと模倣して浮世絵の神髄のようなものをくみ取ろうとしたのかもしれません。「日本に行きたい」「日本に似ている南フランスで暮らしたい」とテオに伝えたこともあったようです。オランダ出身のゴッホですが、テオがパリで仕事をしていた時にパリで兄弟で同居していた時期もあります。ゴッホとテオの美しい兄弟愛が強調されがちなため、この時期、2人の関係がぎくしゃくしたことはあまり伝えられていませんが、おそらくはゴッホは近くいる人には疲れる人で遠くにありて思うのがちょうどいいような存在なのかも知れません。我々もゴッホ個人に接することはなく絵画だけを知っているので、その作品を称賛することができますが、実際に会うとそうはいかなかったかもとも思います。ゴッホのことを悪く言いたいのではないです。彼が人間関係を築くことが不得手だったことを気の毒に思えてなりません。

ゴッホとテオはゴーギャンと交流するようになり、やがてゴッホは南フランスでゴーギャンと一緒に創作生活を送るようになります。ですがやがてゴーギャンとも不仲になり、彼は耳を切るという想像を絶する自傷行為を行うようになってしまいます。亡くなってしまう直前のことですが、この時期に彼の才能は大いに開花し、後世に残る作品を尽きせぬ泉の如くに大量に生み出すようになります。『アルルの跳ね橋』『アルルの寝室』『夜のカフェテラス』『ひまわり』などの名作がこの時期に制作されました。

夜のカフェテラス。明るい黄色が日本の浮世絵から想を得たものと言われている(パブリックドメイン)。

人の心に触れる作品を作るということは並大抵のことではありません。創作とか創造とか、そういったことについて考えれば考えるほど、その難しさを思い知らされるような気がしますから、私にはゴッホが才能を大きく開花させた後、その評価を知る前に、先に精神的な限界に達してしまい、命を落としてしまったように思えてなりません。何かがビッグバンのようにバーッと大きく花開いて、突然クラッシュしてしまうようなイメージでしょうか。

宮崎駿さんの『風立ちぬ』で、伯爵様が「創造的な人生は10年だ」と話す場面がありますが、人には創造できる時期、それが頂点に達する時期と衰退していく時期、余力のみで生きる時期があるのではないかという気もします。普通はだんだん枯れてきて、その枯れ具合がまたちょっといい味になってマニアな客層が残るようにも思えるのですが、ゴッホの場合はあまりに急速に才能が開花し、短期間で仕事をし尽くした結果の死ではなかったかと思えます。溢れる才能があって若くして突然、神様の思し召しのようになくなる人が時々いますが、それは開花が急速すぎてクラッシュしてしまうからではないかと私はよく考えます。悪い意味ではなく、そのような人たちに対して気の毒に思う同情の心境と開花した力に対する敬意の両方が同時に私の中にせり上げてくるのです。

人生は様々ですが、ゴッホのような人生を送るのはさぞかし辛いことと思います。ゴッホが亡くなると、テオも後を追うように病死してしまいます。まるでゴッホを支援するという大仕事を終えたから、神様からもういいよと言われたかのようなタイミングです。ゴッホにとってのせめてもの幸運だったことは、テオの奥さんが兄弟の往復書簡を読み、感動を覚え、それを世間に発表し、彼の絵をプロモートし現代に至るまで子孫たちが作品を守り抜いていることだと言えるでしょう。多くの才能が誰にも気づかれることなく失われていくことを思えば、せめて現代に至るまで衰えぬ称賛を得ているということは芸術家にとっては誉れなのかも知れません。とはいえ生きているうちにいい思いもしたいものですが…。



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