【自己訓練】自分より凄い人に対して、卑屈にならず、かつ反発せずに、自分が劣っていることを認める

生きてると、必ず自分より凄い人、優れた人に出会います。それは仕事の能力や勉強の面で優れている人かも知れません。或いは社交性、金銭力、家柄、学歴、容貌などなど、自分より優れている人は大勢います。

そういう人と出会った時、人はどのような反応を示すものでしょうか。ある人は反発します。「あの人はお金を持っているかも知れないけど、人間性では劣っている」とか、「あの人は勉強しかできないんだ」とか、あの人が成功したのは悪いことをしたからだ。或いは所詮〇〇だ。など、反発するための方便はいくらでも生み出すことができます。これをしていては人間的成長がありません。負けを認めるというのも必要なことです。負けを認めれば、敗因を分析し、自分を改善することへとつなげていくことができます。

一方で、負けを認めたからと言って卑屈になっていけません。卑屈はダメな自分を認めているという点では潔いかも知れませんが、改善する努力へとつながっていきません。自己改善の努力をせずに、ちょっとした小賢しさで得をしようとしたり、「卑屈な笑顔」で相手を丸めこもうとします。そういう人は魅力的ではありません。当然、人間的成長にもつながりません。

大切なことは自分より優れた人に出会ったときに負けを認め、どうすれば自己改善できるかについて考え、実践することです。これもまた自己訓練です。人の自然な心の動きに任せていては、反発心を正当化して自分を守ろうとするか、卑屈な態度で自分を守ることだけを考えるようになります。ですから、自分を訓練して、自分より優れた人に対して確かにそうだと認め、敬意を払い、自分もそれに近づけるように改善点を見つけ出していくことを心掛けることが、より魅力的な人格者になり、よりよい人生を送るために効果的ではないかと思います。自戒も込めていますので、私もまだまだ道半ば。これからも自己訓練を続けたいと思います。

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