昭和史63‐日本型植民地とオランダ型植民地

昭和15年8月15日付のとある情報機関の機関紙に、台北帝国大学の浅井恵倫教授がオランダの植民地政策がどういうものかを論じる原稿を寄せていますので、ちょっと紹介してみたいと思います。この浅井教授という人がどういう人なのか検索をかけてみたところ、オランダに留学してライデン大学で台湾原住民の言語の研究で博士号を取得した人で、その後台湾で教授になり、戦後もしばらく中華民国のために台湾で仕事をした人であったことが分かりました。要するにオランダと台湾のプロということになりますから、オランダの植民地政策と日本の植民地政策の違いを論じるのにうってつけの人物と言えるかも知れません。で、当該の記事によると、オランダのような小国がどうしてインドネシアのような広大な地域を支配し続けることができているのかという点について、当該地域の王族を優遇し、王族を通じて現地の人を間接支配をしたからだということらしいです。このことについて、浅井教授の原稿では

王族を通じて一般土民(ママ)は自由に操縦され、飽くなき搾取に搾取は繰り返され、蘭印民衆の永久に立つことのできない様に、仕組んでしまったのである。その仕打ちたるや正に悪辣といふか、非人道的と言ふか、これを台湾の植民地政策と比較対照した時、まさに雲泥の差があるといはなければならない。そこには、東洋と西洋に於ける、自らの民族的見解の差があるのではあるが、一は精神的同化を目指し、一は物質的搾取を目的とする、東西の両極端をよく表現してゐるものと言へよう。

としています。日本帝国の敗戦後、日本の皇民化は内心の自由を奪おうとしたという観点から批判されるわけですが、当該の原稿では日本の植民地政策は精神的な合一、即ち愛情があるのに対して、オランダの植民地政策には単なる物理的な搾取があるのみで、現地の人を幸福にしようとか、そういうものは全然ないという批判をしています。

現代人の観点に立つとすれば、半分当たっていて半分当たっていないという感じではないかと思います。日本帝国が台湾の開発に大変に熱心であったことはよく知られています。良いか悪いかは別にして農業を振興させ、資源を開発し、現地の人に義務教育を施し、工業化も目指しました。長い目で見れば植民地が農工業で発展している方が、帝国の収支は良くなるという意味で帝国にとっては優良資産になりますし、現地の人にとっても生活の向上につながります。李登輝さんが総統をしていた時代にはよくこういった点が良い評価がなされていました。ですが一方で、皇民化という取り組みは「私は何者なのか」という大切な内心な問題に介入し、日本人だと信じ込むように誘導したという点では、やはり必ずしも高く評価することはできないのではないかとも思えます。戦後の日本国憲法では内心の自由を重視しますから、その憲法下で教育を受けた戦後世代としては内心の自由を侵す皇民化は問題視せざるを得ません。ですので、浅井教授の指摘は半分は当たっているけど半分は外れていると言う結論になってしまいます。

尤も、当時は日中戦争の真っ最中に情報機関のプロパガンダ紙に原稿を書くわけですから、浅井教授としても日本の帝国主義を批判するわけにはいかなかったでしょうから、先に引用したような内容にならざるを得なかったとも思えます。当時は「日本人になれること=良いこと」を大前提にしないと原稿が書けなかったでしょうから、上のような体裁にするしかなかったのかも知れません。

当該の原稿では最後の方で「来たるべき日のために」という、なかなか意味深長な言葉も含まれています。当時既にオランダ本国はナチスドイツの支配下に入っており、やがてアンネフランクが隠れ家で後に世界が涙する日記を書くことになるわけですが、オランダ領インドネシアは本国のバックアップなしに経営を続けなければならないという逼迫した状態に置かれていたわけで、当該の記事では今こそ現地住民が立つことができるという趣旨のことを述べています。日本帝国はインドネシアの現地の人々を助けることができるし、台湾は南進政策の重大な拠点なので、その持つ意味は大きいという趣旨のことも述べられています。「大東亜共栄圏言説」なるものがどういうものかがよく分かると記事だと言うこともできるようにも思います。大東亜共栄圏は結果としては失敗でしたし、日本人にとって何らメリットはなく、戦後も批判の対象になるわけですが、当時の日本人が「大東亜共栄圏」にどういうイメージを持っていたかを感じ取れたような気がしなくもありません。

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