昭和史59‐汪兆銘政権と青天白日旗

蒋介石と対立し、袂を分かった汪兆銘が日本軍と結び南京臨時政府を設立しますが、当初は五族協和を表す五色旗を使用していました。昭和15年に入り「臨時」政府は、は正式名称を名乗ることとし、「国民政府」を名乗るようになります。お気づきと思いますが、蒋介石の国民政府と汪兆銘の国民政府、二つの国民政府が両立状態が生まれてしまったわけです。日本帝国としては近衛文麿が「国民政府を相手とせず」と声明して以降、蒋介石政権は正式な中国政府ではないとの立場を貫き通す所存ですから、以降、国民政府と言えば、汪兆銘政権を指すことにしたわけです。

で、問題となるのが青天白日旗です。国民政府と言えば青天白日旗がセットみたいなところがあって、汪兆銘政権でも青天白日旗を自国(自政権と呼ぶべき?)の国旗として使用しようということになったのですが、それでは見分けがつきません。それで見分けがつくようにと、汪兆銘サイドでは青天白日旗の上に三角の黄色い布をつけ足して、そこにスローガンを入れ込むというスタイルをとったようですが、将来的には青天白日旗のオリジナルを使いたいと言う意向が汪兆銘には強かったようです。ここは蒋介石と汪兆銘、どちらにとっても意地のかかった問題だったのかも知れません。

どっちがどっち?という点では当時の発行物で、日本は二ホンかニッポンかについて書かれているのもちょっと面白かったので紹介したいと思います。例えば日本書紀のように、当時は聖典のように扱われていた書物は二ホンと読みます。一方で、大日本帝国憲法の場合はニッポンと読むわけです。他にも用例はいろいろあるとは思いますが、これはどちらが正しいとはなかなか断じ難いところで、私個人的としては二ホンと読む方が好きですが、ニッポンと読む方が勢いがあって力強くていいと思う人もいるようですし、経験的に聴いた限りでは欧米の人はnihonよりもnipponの方が発音はしやすいようです。当時の日本帝国としては「ニッポン」を正式名称として広めたいという意欲が強く映画で日本はjapanですが、そこをnipponという表記で普及させたいとしています。一般的に日本帝国と言えば英語ではthe empire of japanになるでしょうけれど、恐らく日本帝国サイドとしてはthe great empire of nipponにしたかった(great britain=大英帝国みたいな感じでしょうかね)ということなのでしょう。そのような英語表記が広まったというのは私は読んだことがありませんし、普及する前に日本帝国が滅亡するので、それが普及することは永遠になくなったわけです。

まあ、個人的には「にほん」という響きの方が好きなことは好きですなんですがねえ…

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