昭和史34‐帝国声明と近衛文麿

とある情報機関の発行していた機関紙の昭和13年11月11日付の号では、明治節(現代の文化の日)に合わせて、「帝国声明」が掲載されています。曰く

帝国の欲求するところは東亜永遠の安定を確保すべき新秩序の建設にあり、今次聖戦究極の目的亦此処に存す、この新秩序の目的は日、満、支三国相携え(略)東亜を安定し世界の進運に寄与する(略)国民政府と雖も(略)新秩序の建設に来り参ずるに於ては敢へてこれを拒否するものに非ず

としています。蒋介石への降伏勧告といったところと思えます。現代人の私たちは蒋介石がこれに応じることはなかったということをよく知っています。蒋介石は日記に日本はいずれ英米と戦争して滅亡するだろうと書き残していたという話を読んだことがあり、実際にそのような展開になったわけですから、緒戦に於いて日本が勝っていたとしても、蒋介石には自信があったのかも知れません。アメリカとイギリスの援助が十分にあり、国共合作後はソビエト連邦の援助も少なかったとはいえ実際にあったわけですし、ドイツも裏では蒋介石に軍事顧問を送ったりしています。要するに日本帝国は世界規模の視野で見れば完全に孤立していたのであり、日本人だけがそのことに気づいていなかった、そして蒋介石はそれをよく知っていたという構図が見えてきます。私は蒋介石がすごいとかすばらしいとか言いたいわけではありません。その構図が作られていたことに日本人が気づかなかったことに、日本人の一人としてがっくししてしまうのです。これぞまさしく失敗の本質と言えるのではないかと思います。

当該の声明文に続いて近衛文麿首相の解説文がついています。当該の解説文によれば、コミンテルンが中国大陸の赤化を狙っているのでそれを防止するために全力を挙げなくてはいけない、そのために日本とドイツは手を結んでいるのだという趣旨のことが書かれてありました。近衛文麿に関して言えば、本人が自覚的な国家社会主義者で、しかも側近がコミンテルンのスパイだったわけですから、これもまたしてもがっくしといったところで、日本帝国と近衛文麿はそんな世界の大きな手のひらの上で踊らされていた、どんなに強気でも孫悟空のようにお釈迦様の手のひらの外側へ出ることはできなかったという残念な構図が見えてきます。

今後もしばらくは当該機関紙を読み続け、情報でも調略でも敗れつつあった日本帝国の足跡を辿る予定です。

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