昭和史33‐国策とラジオ

とある情報機関が発行していた機関紙の昭和13年10月21日付の号では、「国策とラジオ」と題する記事が掲載されており、これは実際にラジオで放送された内容の概要という説明書きが付されているもので、当局が意識的にラジオをプロパガンダのツールとして使用することを真剣に考えていた証左とも言えますから、ここで紹介したいと思います。

曰く「ラジオを政治に参加させたのはナチス独逸であり、ゲッベルスであります。宣伝大臣ゲッベルスほど、ラジオと政治と国民生活との関係を本当に理解し、ラジオと国策とを結びつけたものはありません」と述べており、当時、当局がラジオを頼みにしていたことが分かると同時にナチス独逸に対する強い信頼感も伺わせるものであり、後の歴史を知る現代人としては「あちゃー、言っちゃってるよ」と思えなくもありません。更に当該のスピーチでは台湾に言及し、「台湾は電波を南方に広める重大使命を持って居るのであります」と述べ、台湾の「総督府は二百四十万円の巨費を投じて100キロ(ワット)放送を建設することに致しました」と台湾から東南アジア方面に向けたプロパガンダに大きな期待を寄せていることを述べています。そして最後に皆さんもラジオをよく聞きましょうとも述べています。

要するにラジオは外国に向けての宣伝効果を期待しているけれど、国民にも十分に宣伝がしたいから、ちゃんと宣伝を聞きましょうということです。どのような宣伝放送がなされたのか、或いはなされるのかということは今回の記事から読み取れませんでしたが、これまでの当該機関紙の内容を見る限り、当時はとにかく軍需物資が不足していて困ったいた様子ですので、まずは民間が物資を浪費しないこと、郵便貯金とかにお金を貯めること、国債を買うことなどを宣伝したいということではなかろうかと思います。日本帝国主義のプロパガンダと言えば、ついつい太平洋戦争中の嘘八百大本営発表を連想してしまいますが、昭和13年というまだまだ余裕があるはずの時期にここまで必死だったというのは、私は一連の資料を読んで初めて知ることができました。昭和13年でここまで必死なのであれば、そりゃあ、アメリカイギリスと戦争するのは無理というものです。

当時の陸軍が東南アジアに対する占領意図を持っていたことはまず間違いないのではとも思いますが、その主目的は当該地域の華僑が蒋介石政権に経済的援助をすることを妨害すること、そしてビルマから中国への英米による蒋介石援助ルートを遮断することだったわけで、蒋介石と戦争するために世界を相手に戦争を構想を練っていたということになりますから、こりゃあ、ダメです。大局観というものがありません。読めば読むほどやっぱりがっくし…。

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