昭和史29‐総力戦と経済

とある情報機関の発行する機関紙の昭和13年9月1日付の号では、総力戦に関する国民の心構えみたいなことが書かれてあります。有名な「ガソリンの一滴は血の一滴」という言葉も入っています。

で、もう少し詳しい内容を読んでいくと、物資の節約、華美な生活の改善(たとえ結婚式でも地味にやる)、廃品のリサイクル、生産の増進、物価高騰抑制への協力(日本帝国が軍需物資を買いまくって物価高騰しているが、それではせっかく増税したり国債を売ったりして集めたお金がインフレで吹っ飛んでしまうので、国民は我慢せよ),貯蓄の奨励(金融機関に入ったお金は国債の購入に充てられる)というようなことがずらずらずらっと書かれてあります。昭和13年9月の段階でこれですから、昭和16年に入ってよくもまあ、アメリカと戦争する決断ができたものだと驚くしかありません。おそらく当局者があまりに細部にこだわりすぎるようになってしまって大局を見誤り、いわば自殺行為に走ってしまったと考えてもいいのではないかという気がします。

これまで当該の機関紙を読み進めてやたら目に留まるものとして、政府が「金」(おかねではなくて、物質としての金)を集めるのに熱心だったという点です。金本位制の神話がまだ根強かったこともあったでしょうし、実際に日本政府当局者が金が値上がりすれば売り、値下がりすれば買うを繰り返して外貨を獲得して戦費に充てていたということもあったようなので、金塊にはそれだけのパワーがあったと考えていいのかもしれません。ついでに言うとそれだけ金塊を集めていたからM資金みたいな都市伝説も生まれるというわけです。最後のページには郵便局で国債を買いましょう!という大きな広告も載せられています。飛行機の絵がいっぱい書かれてあって、当時既に戦争の主役が飛行機になっていたことが分かります。前回紹介した『海の護り』という映画でも軍艦ではなく飛行機が描かれていますから、日本軍は一部で言われいるような旧態依然とした大鑑巨砲主義に陥りすぎていたという指摘はもしかすると当たらないかも知れません。

更には国民の健康増進のために行軍の練習をさせる予定に関する記事も載っていましたから、物心両面、更には人的資源に至るまで、総力戦に邁進していたことが分かります。

どうしても理解できないのは、どうしてそこまで蒋介石と戦争したかったのかがやっぱり解せないということです。そこまでやらなければならないという必要性を感じることができません。多分、当該機関紙を最後まで読んだとしてもこの疑問は解決しないのではないかという気がします。

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