昭和史24‐戦費の調達

とある情報機関の資料を読み進めているのですが、植民地で「皇民化、皇民化」とかなり熱心に説いているわけですが、その理由がうすうすながら分かってきました。私は以前はある種の情緒的な問題なのではないかと勝手に想像していたのですが、どうも戦費の調達というかなり具体的な理由がその背景にあったようです。

植民地の人々に対して「みなさんは、誇り高い日本の皇民なのですから、国防献金をしましょう!国債を買いましょう!国債は貯金と同じですから、全然無駄じゃありませんよ~」というメッセージが繰り返し、繰り返し述べられています。

以前にもこのブログで書きましたが、皇民化促進を目的とした劇団の組織が計画され、興行収入は国防献金に差し出すという「美談」が紹介されていたのも、要するに戦費が必要だったからです。当該の情報機関の記事では、増税の計画もかなり細かく紹介されており、戦費の調達にどれほど必死だったかということが分かります。

ただ、経済学の初歩的な問題になりますが、戦争になれば必ず物資は値上がりします。特に当時の東アジアにおいては、日本帝国が必死で戦争に必要な物資を買占めに走っているわけですから、どう考えても青天井の物資高になることは明白で、どんなに戦費を調達しても全部インフレで吹っ飛んでしまいます。そういう面から見て、日本が蒋介石と戦争を続けていたのは、当時の国益としても大して大きなメリットがないにも関わらず、お金だけはざるで水を汲むように浪費していかざるを得ず、なかなか厳しいというか、アリジゴクみたいなところにはまり込んでしまっていたことが分かります。

一体、何のためにあんな戦争をやったのでしょうか?ソビエト連邦との戦争準備ということなら分かります。その点に限っていえば、まずはソビエト連邦に対する備えとして満州国を作った石原莞爾の発送は理にかなっており理解できます。しかし、蒋介石との戦争は防衛面からも全く意味がなく、軍を動かす分金がかかるにもかかわらず、ただ疲れるだけで何も生産的ではなかった、ほうっておけばよかったものをわざわざ介入して果たして何をしているのか…と首をかしげざるを得ないというか、そんなことに国運をかけていたことにがっくりきてしまいます。昭和10年代の歴史の資料を読めば読むほどがっくしがっくしでため息をつくしかありません。

とはいえ、皇民化が叫ばれた真の目的が戦費調達にあったという個人的な発見はなかなか重要なもので成果であると言え、ごく個人的には、まあ、よかったなあ、という感じですが…。

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