台湾近現代史35‐台湾総督府官房情報課と映画と宣伝

台湾公論の昭和17年10月1日付で発行された号の「映画」欄では、既に太平洋戦争が始まった後のことですから、なかなか勇ましいことが書かれています。

曰く「文化弾丸映画の最近益々効果を挙げつつあるのが記録映画である」として、『マレー戦記』『空の神兵』などを取り上げています。『マレー戦記』は言わずと知れた山下奉文将軍がマレー半島を制圧し、シンガポールでパーシバル指令に「yesかnoか」を迫った有名な場面のある作品で、後援にドンっとばかりに陸軍省、製作は山下兵団従軍記者団となっており、かなり勇ましい感じになっています。空の神兵の方は検索をかけてみたものの、よくは分かりませんでした。

興味深いのは同欄で「日活映画のお名残りであり情報課の共同作品映画「海の豪族」が愈々台北を九日試写会を同時に全島各都市で試写後来る二十一日台北封切りのことだ」という文言です。この映画は旧日活最終作品ということで、内容がどういうものなのかは分からないものの、情報課との共同作品ということですから、ある程度の想像はできるのではないかと思います。

当時台湾では、総督府官房という組織があり、その一部に情報課というものがあったようです。情報課が果たしてどのような仕事をしていたのか、諜報もしていたのかなどのことになると、私も勉強不足でまだこれから調べなくてはいけないことが多いのですが、「情報課」なる意味深な名称の部署が絡んでいる以上、『海の豪族』という映画には相当に宣伝性の高い内容が盛り込まれているに相違ありません。もし動画が見つかれば、また報告したいと思います。監督は荒井良平という人で、戦前は日活で、戦後は大映で作品作りに取り組んだ人のようです。

今回取り上げた記事では近く『サヨンの鐘』のロケが行われるとも予告しており、サヨンの鐘は台湾原住民と日本人との心理的融合を描いた宣伝作品であるとも言えますし、この記事では映画関係者に「時局の流れ」をよく理解してほしいと訴えている上に「文化弾丸映画」という言葉を1ページで2度も使用していることから、相当に気合が入っている、映画宣伝を強く意識しているということが分かります。

1942年10月といえば、既にミッドウェー海戦が終わっており、日本は負け始めていた時期ですが、国民にはまだ実感が伴わない時期であったとも言えます。そういう時期に情報課が映画作りに乗り出したり、『サヨンの鐘』の場合は満州映画協会が乗り込んでくるわけですが、この記事によると松竹も絡んでいるということなので、官民挙げて戦争協力に入って行こうとしていたことが読み取れます。大変に興味深いとも言えますし、また、その後の戦局の展開を知っている現代人の目から見れば、緊迫感、鬼気迫るものも読み取ることができるのではないかとも思えます。

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