台湾近現代史33‐映画と女性‐三宅やす子・ソビエト

日本統治時代の台湾で台湾映画愛好家のために結成されたサークルである台湾シネリーグが発行していた『映画生活』の昭和7年5月20日付の号で、神谷千代子さんという人が「シネマ・女性」という題で原稿を寄せています。当時の時代の気分をよく知ることができるのではないかと思いますので、ちょっと紹介してみたいと思います。著者の神谷美千代さんについて検索してみましたが、どういう人なのかは分かりませんでした。

まず冒頭で、

 シネマは近代資本主義が生んだ新しい芸術形態の一つであります。近代女性と呼ばれる言葉もまた近代資本主義と関連したモメントに於いて意義を持っています。

と述べています。映画と近代女性(自由を謳歌する新しい女性)とは、ともに近代資本主義の産物であるという点で共通しているというわけです。大正デモクラシーを経た後の時代のことですから、そういう気分というものが少なくとも日本で盛り上がり、台湾にもその余波のようなものが漂っていたことを上の文から知ることができます。

続いて三宅やす子さんという当時活躍した女性作家のことが述べられています。1932年1月に亡くなった方ですので、当時としては、追悼文的な意味もあったのかも知れません。

故三宅やす子さんなんか、そういう点で作家として近代女性の先駆‐と云ふとおかしいが‐をなした人ではないでしょうか。

とされています。三宅さんが武蔵野館に映画を見に行った時に涙を拭くためのハンカチを持って行ったというエピソードが紹介されていますが、当時は女性が映画館に行くことすら憚られていた、社会的な圧力が強かったということが偲ばれます。他にも三宅さんの著作でボクシングやラグビーを観戦する女性について書かれていることに触れており、そういう女性は「不良少女」と呼ばれて肩身の狭い思いをさせられたけれど「婦人の社会的地位の高まりにつれて」そういうことはなくなった。しかし、まだまだ封建的な考えを持つ人が多くて困る、特に台湾ではまだまだそのあたりが進んでいないということが述べられます。私、いろいろ当時の資料を読んだことがありますが、平塚雷鳥ばりの女性論が書かれている当時の刊行物を初めて発見し、大いに驚ろきました。こういう感じのものを探していたんですが、ようやくたどり着いたという感じです。

著者はここで、映画を観たりスポーツを観たりするというだけでは単なる「退廃したモダニズム」になってしまうけれど、「文化的啓蒙」という観点から映画鑑賞の文化を推進するべきと主張します。そして、理想として掲げているとがソビエト連邦の様子です。

少なく共自らの文化を創造する任務を背負ふ近代女性といふことでありたひと思ひます。そのよき例をソヴェートの女性に見出すことによって一層はつきりするでしょう。そこではスポーツもシネマも文学も大衆の手によって自らの利益のためにその輝かしき前途が祝福されて居ります。×動的文化の単なる享楽とは大いに意義が違います。

気になるのは×の部分です。おそらくは反動の反が伏字になっていると思えますが、これが果たして検閲によるものなのか、それとも自主規制なのかははっきりしません。私が過去に見たことのある資料では、検閲された部分は白抜きになっており、×印を見たのは今回の記事が始めてです。

この×印は他にも「××党一味の中に多数の婦人が参加した事実」という記述もあり、まあ、たぶん、共産党だと思いますが、当時は満州事変後であり、日本の国際的な孤立が始まった時期であり、日本国内にはソヴィエト連邦と連携することで危機に対応するべきだというグループと、共産主義を敵視するグループの両方が存在しましたから、そういった微妙な波の動きをこの記事から感じとることができなくもないように思えます。

『映画生活』では、やたらと「リーグへの逆宣伝」に言及する記事が多いのですが、英米との関係の雲行きが怪しくなりつつある中で、「映画みたいな西洋かぶれなことをやりやがって」という逆宣伝だったのかも知れません。資料を読み進めるうちに、また新しい発見があれば、その謎も解けてくるのではないかと思えます。

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