百年戦争‐イギリスとヨーロッパの分離。フランスの強国化。



百年戦争は、中世ヨーロッパ最大の歴史的な大変動とも言ってよいものであったと思えます。単に長い間にわたって戦争していたということに限らず、その後のイギリスとフランスの運命を分け、現代に通じるヨーロッパの枠組みの確定に大きな影響を与えたという点でも、看過できない歴史的な出来事と言るとも思えます。

百年戦争の最初の出発点は、フランス王位継承問題です。シャルル4世が亡くなったことで、フランス王家のカペー朝で王位継承に相応しい男子がいなくなってしまったため、傍系でヴァロア伯爵の血筋であるフィリップ6世がフランス国王を継承しますが、イギリスからちょっと待てとの物言いがつきます。イギリス国王のエドワード3世の母親がシャルル4世の妹であったため、傍系のフィリップ6世がフランス国王に即位できるのであれば、自分にも同じ権利があるはずだ、フランス王位を寄越せと言い始めたわけです。当時、フランス国内ではフィリップ6世で別に問題はないという世論が濃厚だったらしいですから、完全にエドワード3世からのいちゃもん、言いがかりの部類に入るのではないかと思えます。

当時は封建荘園制の時代ですから、領地が広ければ、それだけで即収入の増加につながりますし、神聖ローマ皇帝の影響力の衰退が著しく、フランスを抑えれば更にその先のドイツまで影響力を広げることができるかも知れない、名目上、神聖ローマ皇帝に従っているネーデルランドも抑えることができるかも知れないという壮大な男のロマンみたいなものがエドワード3世の心中に芽生えたかも知れず、またヨーロッパ域内での交易は盛んになって来ていましたから、広大なエリアを抑えることができれば、市場の獲得につながる、即ち、19世紀に盛んになったヨーロッパの帝国主義みたいなことをヨーロッパ域内でやれるといううまみもエドワード3世の頭に浮かんだことは想像に難くありません。

このような英国王の一方的な欲望から始まった英仏百年戦争ですが、初期に於いてはイギリス側が圧倒的な勝利を得ます。もともと英国王はノルマン朝が英国王の称号を持ちながら、フランスにも所領を持ち、フランスではフランス国王に対して臣下の例をとるという複雑な立場になって以来、フランスの所領を保つという立場を一貫させており「いずれは英仏一君王国を」という空気もあったものと思われます。英国のエドワード黒太子が率いる英国軍は強く、フランス王家は存在はしても実際的な影響力を失う事態に陥り、フランス王国は事実上の崩壊状態に突入します。

1420年トロワ条約が結ばれ、当時のフランス国王シャルル6世は、イングランド王ヘンリー5世とその子孫にフランス国王の座を継承させると約束することになり、1422年のシャルル6世が亡くなった後、イギリス・フランス二重王国、一君連合が発足する運びになり、ヘンリー6世が二重王国の王として君臨することになりましたが、そもそもフランス国内で支持を得られず、ヨーロッパ社会全体でほとんど支持を得ることができず、フランス国内に於ける英米双方の戦いが延々と続くことになってしまいます。

このように泥沼化した状態に風穴を開けたのがジャンヌダルクです。彼女はシャルル7世に忠誠を誓い、彼のフランス国王即位を実現させるために奮闘します。有名なものはオルレアン解放戦であり、それまでどうにもならなかった、諦めモードだったフランス軍が一機に活発さを取り戻し、イギリス側を押し返していくという展開になります。シャルル7世はフランス王になるための戴冠式を無事済ませ、英仏一君連合状態は解消されます。しかしながら、その後、ジャンヌはコンピエーニュの戦いでブルゴーニュ兵に捕らえられ、イングランドに引き渡されて異端審問にかけられ、紆余曲折を経て火刑に処せられてしまいます。コンピエーニュの戦いでブルゴーニュ兵がイングランド軍に協力していたことや、それに先立って行われたフランス軍によるパリ包囲戦では、イギリス軍とパリ市民が協力してフランス軍を撃退した場面もあったことから、当時はまだ現代のようなナショナリズムがフランスでは確立されていなかったであろうことが見て取れます。各地で衆参離合、合従連衡が行われていたわけです。

そうは言ってもフランス王シャルル7世の勢いが止まらず、ジャンヌダルクの救出はできませんでしたが(救出しなかった?)、イングランド軍を大体撃退し、百年戦争は終結します。

その後、イングランド国内では薔薇戦争が勃発し、まあ、ヨーロッパ大陸からは手を引いて、イングランド王はブリテン島内部のことに関心を持つようになり、むしろスコットランドやアイルランドの方へと矛先を向けて行くことになりますので、イギリスのEU離脱の時にも、イギリスはヨーロッパか否かのような議論がありましたが、これを境にイギリス人は心理的にも地理的にも大陸とは一線を引いた歴史を歩んで行くことになります。一方で、フランスでは強力な王権が誕生し、大陸内での影響力の拡張を図るようになり、現代に至る大国としての第一歩を歩み出すことになっていきます。

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