ギリシャ哲学と「万物の根源」



古代ギリシャでは、重労働を奴隷にまかせっきりにしておき、いわゆる「市民」は芸術や思索のような趣味の領域に没頭することが可能な生活を送っていたようです。個人的にはこれからAIが仕事をしてくれる時代になるのであれば、普通の人が古代ギリシャの市民と同様に趣味に没頭する生活を送れるようになればいいのではないかと思います。

さて、そのような時代、当時、思索に没頭した人たち、いわゆる哲学者たちは「万物の根源」は何かということを探求しました。とはいっても、今みたいに量子コンピューターとかない時代、光学顕微鏡すらない時代ですので、五感で感じ取れる範囲で自然現象を観察し、五感では分からない部分については思索や論証、論理的思考によって埋めていくという作業が行われていくことになります。

そのような手法によって「万物の根源」を探るわけですが、その万物の根源はアルケーと呼ばれました。タレスはアルケーは水であると喝破します。全てのものには水気が含まれているからだということがその理由らしいです。

当時の哲学者たちのことをミレトス学派と呼ぶらしいのですが、ミレトス学派の一人であるアナクシマンドロスは、全てのものは不確定なものだと考え、その不確定な物質を「ト・アペイロン」と呼んだようです。全てを確立で考える量子論にも通じる考えのようにも思え、なかなか興味深いことのように思えます。

一方で、アナクシメネスは万物の根源は空気だとしました。空気も水も冷やせば固まりますので、タレスに近いのかも知れません。

ピタゴラスはアルケーは数だと考えました。数学が宇宙の真理、神の法則を探求する学問だと考えれば、あながち間違っているとも言えないかも知れません。だいたい同時代のヘラクレイトスは「万物は流転する」と考えたそうですが、これは仏教の諸行無常に通じる考えのようにも思えて興味深い気がします。ヘラクレイトスは更にアルケーは火であるとも考えたらしく、そっちへ行くか?オリハルコンか?的ななんとかムーっぽい方向にもっていきたくなるのは、私の個人的な好み問題に入ります。

エンペドクレスという人物は火、空気、水、土の元素が愛と憎しみという要素によってくっついたり離れたりすると考えということですが、何となく、流行りの引き寄せの法則通じるもののように思えます。陰陽五行の木火土金水にも似ている感じもしなくもありません。

デモクリトスは全部原子でできているとして、人間の精神的なものも原子によってできている、物理的なものだと考えました。教科書的には唯物論の祖ということになるみたいですが、宇宙空間に圧倒的な質量をもって存在するといわれるダークマターの存在も包括するように思え、そういう観点から興味深い観察結果のように思えます。

このようにざっくりとながら見てみると、万物が流転したり、火や水などの元素について考えたりというのは仏教の思想や東洋の思想にも通じていると思える部分、更には現代の最新科学に通じるとすら思える部分を見つけ出すことができ、なかなかおもしろいというか、人間が思索できる範囲のことは大体古代ギリシャでされ尽くしたのではないか、われわれはそれを何度もなぞって違った色をつけて楽しんでいるだけなのではないかという気がしてこなくもありません。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA