荻生徂徠と赤穂浪士

浅野内匠頭が江戸城中で吉良上野介に斬りかかった事件は今更詳述することもないほど有名なことです。浅野内匠頭が「この前の恨み、覚えたか」と言って斬りかかったことから、何らかの遺恨があったと考えられています。その遺恨の内容については諸説あるものの、朝廷からの使者の接待役で吉良上野介が上司、浅野内匠頭が部下の関係だったことから、吉良上野介がけっこうパワハラ、モラハラをやりまくって、浅野内匠頭はかりにも五万石の殿様ですからぼっちゃん育ちでハラスメントが腹に据えかねたと見るのが妥当ではないかと私は思います。

その一年半後に大石内蔵助たち赤穂浪士のよる吉良邸襲撃事件があり、吉良上野介は討ち死に。足利将軍家の縁戚に当たる歴史ある吉良家は武士が不覚の死を遂げたことを咎められてお家断絶。息子は他家にお預けとなって翌年病死するという悲惨な末路を辿っています。浅野家の方は内匠頭の弟が石高は少ないとはいえ旗本として家名復活していますので、私はどちらかと言えば吉良さんに同情を禁じえません。

江戸幕府はこの事件をどう処理するかに苦慮します。江戸幕府はその倫理体系を朱子学に拠っており、主君と家臣の主従関係の絶対性と忠義の美徳を将軍家とその他諸侯との関係性にも当てはめて統治の根拠としています。大石内蔵助が浅野内匠頭の仇を討ったというのは、その倫理観に全く完璧に適っており、賞賛すべき行為とすら言えなくもありません。一方で、江戸市中で他人の家に夜襲をかけ、その家の主を打ち取るなどという行為は治安維持の観点から明らかに問題であり、もしこの件がお咎めなしということになれば、似たようなケースが各地で発生することを容認することにもなりかねず、そうすれば戦乱の世を招来しかねません。

珍しいことが大好きな江戸市民はおもしろがって赤穂浪士をもちあげて賞賛します。また林大学頭のような将軍家教養担当みたいな役職の人も赤穂浪士無罪論を唱えます。江戸幕府の論理体系を論考の根拠とすれば、赤穂浪士たちに比はなく、学者脳でいけばそういう結論に達するのも頷けます。

しかしその一方で、現実政治という観点からこの事件を処理する必要があり、繰り返しになりますが、他人の家に夜襲をかけることを容認することはできません。腹に据えかねることがあったら喧嘩で強い方が正しいことにするというのではもはや鎌倉時代以前まで戻ることになります。ついでに言うと、無警告に夜襲をかけていますので、仮に「やぁやぁ我こそは」と名乗りを上げて正々堂々一騎打ちを武士の理想とするのであれば、この件は戦いの倫理からも外れています。

荻生徂徠は林大学頭の弟子筋に当たりますが、赤穂浪士による襲撃は「私闘」であるとして容認できないとしつつも、切腹することによって彼らの名誉は守るというある種の折衷案を出します。政治的に見て八方丸く収まるいい考えです。荻生徂徠の発案が採用され、46人の赤穂浪士たちはそれぞれにお預けになった家で切腹します。世間の評判はますます高まり、浄瑠璃になり、歌舞伎になり、更には太平洋戦争の特攻隊のような作戦の思想面での支柱にもなっていきます。

浅野内匠頭切腹と浅野家お家おとり潰しに対して吉良家にはお咎めなしという不公平な江戸幕府の裁定に対して不満があるとすれば、江戸城に打ち入って将軍綱吉の首を討つのが筋ですが、戦力的に不可能なので、吉良家というソフトターゲットを狙ったわけで、私はあまり赤穂浪士には同情する心境にはなれません。ただ、世論を味方につけて何百年も正義の人で名が通るようになった大石内蔵助はうまくやりやがったなあと感心します。

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