『ゴッドファーザー』から見えるアメリカ社会の本質的な部分

アメリカ映画の『ゴッドファーザー』が、イタリア人移民の家族の物語を描いたものだということはよく知られています。

お父さんのヴィトーコルレオーネは少年期にシシリーからニューヨークへ移民し、一代で強力なイタリアマフィア組織を築き上げます。アルカポネほど浮ついた感じのする人物ではなく、労働の価値を知り、弱者を愛し、困っている人を助ける人格者です。しかしヴィトーコルレオーネがどれほど強いボスになろうとも、彼は最後まで裏街道の人生を歩くことしかできません。決して昼間の顔にはなれません。

一方、息子のマイケルコルレオーネは違います。大卒で、しかも、何といっても第二次世界大戦で戦った退役軍人です。アメリカ生まれで、上院議員でも州知事でも目指そうと思えば目指せます。

アメリカは人種、民族、宗教の違う人々が集まって作られた国家ですが、以前は人種のるつぼと呼ばれたものの、最近では人種のサラダボウルと呼ばれます。人種は溶け合っているのではなく、同じ皿の上にそれぞれに乗っかっているだけだと表現されます。大統領選挙の度に候補者の人種、ルーツ、宗教について取り沙汰されることは、それがアメリカでは敏感な問題なのだということを示しています。イタリア系の人はイギリス系やフランス系の人たちに比べると下のランクに見られることが多いようです。ヴィトーコルレオーネはそのような差別をも跳ね返す黒いスターと呼んでも良い存在です。一方で、マイケルは違います。繰り返しますが、生まれた瞬間からアメリカの市民権を持っていて、大卒で、退役軍人です。アメリカでは退役軍人には強い尊敬が払われます。ベトナム戦争以降は多少、ややこしい感じで語られることもありますが、『ゴッドファーザー』の時代背景は第二次世界大戦直後です。ベトナム帰還兵のような暗いイメージはありません。もしかしたら、メンタル面で苦しんだ元兵隊さんも大勢いたかも知れないですが、そういうことは上手に隠蔽されています。隠蔽可能なほどに社会に成長力があり、勢いがあり、祝勝ムードの漂う時代です。

マイケルコルレーオネは父親後を継ぎ、マフィアのボスになります。父親からすれば、ボスよりも政治家になってほしかったに違いないですが、いろいろな経緯でボスになります。「血」で説明することも可能かも知れません。或いは本人の性格で説明することもできるでしょう。マイケルの役はアルパチーノです。内側に激しいものを秘めている感じが非常によく合っています。ロバートデュバルが弁護士のトムヘーゲンの役をしています。アイルランド系の孤児で、ヴィトーコルレオーネに拾われて大学も出させてもらっています。その恩義に対する忠誠心は強いもので、彼は全身で心は血縁を超越すると主張しています。ダイアンキートンが若くて美しいです。久々に見ると驚きで椅子から落ちそうになります。

『ゴッドファーザー パート3』では、アルパチーノとダイアンキートンの間でもうけられた二人の子どものうち、息子は大学進学を拒否してなんとオペラ歌手になります。娘の方は敵方のマフィアに殺されてしまいます。マフィアの世界は厳しい。と同時に、少なくとも息子はその血を敢然と拒否したということができます。70年代が舞台ですので、時代の変化というものが表現されているのかも知れません。

とはいえ、移民制限の話題が持ち上がったりする昨今、移民の心はアメリカを語る上で欠かせない要素です。ソクーロフ監督の『太陽』でも、日米戦争の遠因に排日移民法があることを匂わせています。そういう意味では、ヨーロッパからアメリカへやって来た人々の物語である『ゴッドファーザー』と日本からアメリカへ行った人々を描いた『カポネ大いに泣く』は共通した問題意識を持っていると言えるかも知れません。

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