原田眞人監督『クライマーズハイ』の地方紙記者のカッコよさと日本の戦後

原田眞人監督の『クライマーズハイ』は、横山秀夫さんの原作とは大事なところで違いがありますので、その辺りを中心に述べてみたいと思います。

映画でも原作でも、新聞記者の世界が描かれているという点では同じです。私は地方紙の記者ではありませんでしたが、支局にいたころの感覚は近いものがあったように思います。地方の記者は中央の記者のようにぱっと華やかな場面を取材することはあまりありません。地道で地域に密着していて、地元の人と一緒に生きています。土地と一緒に生きる新聞記者が土地の人となれ合うことは決して珍しいことではありません。それゆえに、なれ合わず、ジャーナリズムをやるという矜持を保たなくてはいけません。小さな事件、地元のイベント、目立たないスポーツ大会にであってもジャーナリストとしての矜持とともに取材に行きます。そこがかっこいいのです。大きな事件、有名な事件を扱わなくても矜持を保とうとするからかっこいいのです。尊敬できるのです。

『クライマーズハイ』では、日航機墜落事故の時の架空の地元新聞社が登場します。残酷な事故に地元の記者たちは浮足だちます。大きな事故の現場に取材に行けるからです。不謹慎ですが、新聞記者はそういうあたりが不謹慎になるようにできています。「不謹慎だ」とは思いますが、ああ、新聞記者はこんな風に浮足立つのかというのがよく分かります。編集で怒号が飛び交います。雰囲気がとてもよく出ています。共同通信とNHKの報道を適当にいじって独自の記事みたいに装う場面も「あぁ、わかるわぁ」と思います。

当時、現役で報道の仕事をしていた人から日航機墜落事故の取材の経験を聞かされたことが何度もあります。彼らにとっては「勲章」なのです。この映画では日航機事故に絡む、いわゆる「陰謀論」も目立たないように、しかしはっきりと触れています。「原田監督が触れているのだから本当かな」と私は思ってしまいそうになるのですが、知識不足なので判断することができません。

新聞記者は読者の存在を忘れがちです。人間関係が狭く、業界の人と取材先の人(県庁とか県警の人)に限られてくるので、その人たちが読んでどう思うかだけに関心が向きがちです。自分の書いた記事が他社の記事より詳しいか、他社の記者が知らないことを自分は書くことができたかどうかに意識が向いてしまいます。売り上げと記事の内容は関係がないので、読者の存在を忘れます。映画でも原作でも、事故被害者の遺族の人が新聞がほしくて新聞社に来ます。編集の人は「ちょっと邪魔なんですけど」と言わんばかりに追い払います。主人公の悠木という記者が追いかけて新聞を手渡します。記者は普通の人、普通の読者に寄り添えるかという、実は一番大切かも知れないことが挿入されています。

原作では悠木記者が子どもだったころ、家が貧しくてお母さんが客を取っていたというエピソードが書かれています。映画ではお母さんはアメリカ軍の兵士を相手にしていたと少し変更が加えられています。この変更で、映画だけの持つ意味がぐっと深まります。日本の戦後を語る上で不可欠なアメリカというタームが登場します。私たちがどういう時代を生きているのかを短い場面でさっと問いかけています。

また、映画では悠木記者の息子がヨーロッパで育ち(離婚して元奥さんはスイスに行ったのについていった)、白人の女性と結婚してニュージーランドで牧場を経営しているという場面が最後の方に短く入っています。奥さんの白人の女性は決ずしも目の覚めるような「美人」というわけではありません。普通の人です。それ故にこの息子さんが「西洋」の幻影を追うような人生を送っているわけではないことが分かります。普通に出会い、普通に愛を育て、普通に努力し、懸命に、でも多分幸せに生きていることが分かります。悠木記者のお母さんはアメリカ軍の兵隊に買われる存在でしたが、息子さんは愛情によって西洋の人と結ばれています。その間にある乗り越えるべき何かを息子さんは乗り越えたということを暗示しています。今を生きる日本人の私たちに、そういう何かを乗り越えて行こう、乗り越えるべきだ、乗り越えられるというメッセージを監督が込めているように私は感じます。

原田眞人監督の映画は『バウンスkoGALS』の時から一貫して、戦後の日本を問いかけています。近代の日本にとって西洋は欠かすことのできないタームであり、戦後の日本にとってアメリカは欠かすことのできないタームです。『バウンスkoGALS』の主人公がアメリカに留学するとはどういうことか、私たちの人生にとってアメリカとは何かを考えてほしいと言っているように私には感じられます。『おニャン子危機一髪』はみてないのでわかりません。

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