ベルリン攻防戦の過酷さと描かれ方とヒトラー生存説について

先日、パリ解放のことを書きましたので、その続きというほど体系立ててもいないですが、関連でベルリン攻防戦について述べてみたいと思います。

周知のとおり、ベルリン攻防戦は人間の歴史でも稀にみる市民を巻き込んだ徹底した殲滅戦で、これほど激しいものはそれ以外の例としてはコンスタンティノープルの陥落か信長の一向宗殲滅戦くらいしかないのではないかと思います。或いは沖縄戦も入るかも知れないですが、攻める側の気合や意思のようなものが少し違うかもしれません。

ベルリン攻防戦の始まりは、東からポーランドを制して進んできたソ連軍がオーデル川を越えたところからだと考えるのがいいと思いますが、ソ連軍は各方面のドイツ軍を孤立させた状態でベルリンを包囲します。ベルリンを守るドイツ軍の応戦は異様に堅固なものだったのに対し、ソ連側では勝てる分かった戦いで死にたくないという意識が兵士の間に強く、今一つ士気の上がらないままの戦いが続いたと言います。

西からはアメリカ軍が迫っていましたが、最後の総統官邸陥落はソ連軍に譲る形で援護する側に立っていたようです。それでもベルリン中心部のすぐ手前まで進み、キャパによる「連合軍最後の戦死者」と題された写真が撮影されることになります。

ベルリン包囲は1945年4月20日から始まり、5月2日まで続いたので、この状態で12日間も持ち堪えたことの方が不思議に思え、ドイツ軍の抵抗の激しさを想像することができます。ベルリン市の外側が徐々に包囲を縮めて行き、最後は国会議事堂、ブランデンブルク門、総統官邸の数百メートル四方のエリアのみとなりますが、そこから先になかなか進みません。国会議事堂での戦闘では一時的にはドイツ軍の方が優勢と思える展開もあり、ソ連軍は地下に立てこもったドイツ兵に対し、銃撃による攻撃はある意味では諦めて、催涙弾を投げ込んで降伏を促しています。

ソ連軍に包囲されているブランデンブルク門前の広場にドイツのセスナ機が着陸し、しばらくしてまた離陸するのを大勢の人が目撃しています。この飛行機にヒトラーが乗っていたのではないかとする、ヒトラー生存説の根拠としてよく言われているものです。しかし、実際にはヒトラーはその飛行機に乗ることを拒否し、自決を選びます。

ヒトラーが本当に自決したのかについては、これもまた諸説ありますが、戦後、総統官邸で働いていた人がカメラの前で当時のことを証言しており、ヒトラーの死体の様子を語っている人もいたので、まず、問題なくヒトラーはこの時に亡くなったのだと考えていいと思います。

アドルフヒトラーの最期についてソ連映画の『ヨーロッパの解放』と『ヒトラー最期の12日間』では随分と違います。『ヨーロッパの解放』ではヒトラーは最期まで生きることに執着しています。また、愛人で目の覚めるような美人のエヴァブラウンは実は密かに生き延びたいと思っています。最期はヒトラーが強引にエヴァブラウンに青酸カリを飲ませ、その後にヒトラー本人も泣く泣く青酸カリ自殺をします。大変弱い男として描かれています。私にはヒトラーの人間的な弱さがあれほどの事態を引き起こしたのではないかという気がするので、ある意味では正鵠を射ているとも思えますが、制作者はなるべくヒトラーを卑小な人間として描きたいと考えていることも伝わってきます。ついでに言うと『ヨーロッパの解放』のアドルフヒトラーは「本人が演じているのか?」と思うほどよく似ています。ついでに言うと、この映画の有名な「総統がお怒り」シリーズに使われる場面には、さりげなくフリーメイソンのメンバーが分かる人にだけ分かるように登場しています。

一方の『ヒトラー最期の12日間』ではアドルフヒトラーを血の通った人間として描こうとしています。そのことが正しいかどうか、是非善悪については一旦脇に置きます。ヒトラーとエヴァブラウンは深い絆で結ばれています。この映画に出てくるエヴァブラウンは非常に疲れていて、やつれているという印象を与える女性です。しかし、ヒトラーと共に最期を迎えることを受け入れていて、むしろ積極的に望んでそれを選択しているように思えます。

総統官邸にいた人たちの証言によれば、どちらかと言えばエヴァブラウンはヒトラーと最期を迎えることを望んでいたという感じらしいです。というより、総統官邸の人たちによると、彼女は喜んでそれを選択したということのようです。ただ私が「人はそこまで積極的に自殺を受け入れることができるのか…」という疑問を完全にはぬぐえないので、どちらかと言えば、積極的だったらしいです、という述べ方になってしまいます。

総統官邸では陥落する数日前からどんちゃん騒ぎになっていたそうです。保存してある酒と食料を全部引っ張り出して飲めや歌えや踊れや笑えやの状況になっていたと言います。絶対に助からないと分かっているので、もうやけくそになっていたらしいです。そういうものかも知れません。日本の戦国時代の籠城戦でもそんな感じだったのではないかなぁと思います。想像です。

総統官邸はその後「解散」し、それぞれが思い思いの場所へと脱走していきます。その中にマルチンボルマンがいて、彼の生存説がささやかれていましたが、今では総統官邸が解散した日に死んだということで議論は落ち着いているようです。ただ、反論もあるらしいです。その辺りになれば真相はもう分かりません。生きていたとしても、さすがに今は生きていないと思います。とはいえ、最近でも時々元ナチスの人が判決を受けるとかのニュースがあるので、まだ生きている人がいることに驚くことがあります。

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