パリ解放の話-パリは燃えているか?

「パリは燃えているか?」という有名な言葉があります。アドルフヒトラーが側近にそのように質問したそうです。ノルマンディ上陸後、連合軍がパリを目指して前進しますが、ドイツ軍はかなり激しく抵抗していました。とはいえ、その時は東方面からはソビエト軍がポーランドまで来ていますので、まあ、もうだいたいダメだろうという予測が立ち始めています。今までさんざんめちゃくちゃして来たので、すみませんでしたですむ筈もなく、滅亡以外の選択肢はなさそうだとナチスドイツ関係者も気づき始めています。

パリ守備軍司令官のコルティッツはヒトラーから「パリを破壊せよ」という命令を受けますが、彼はそれを無視します。ドイツが負けることは分かっています。パリは人類の共有財産です。命令通りにやって戦争に勝てるのならともかく、ただの破壊をするよりはなるべく後世により良いものを残したいという彼個人の判断です。

パリに連合軍が迫っていることはラジオ放送でパリ市民はよく知っています。レジスタンスが立ち上がります。パリ市内のドイツ兵が襲われます。ところがあと一歩手前のところで連合軍は進撃を止めてしまいます。パリ解放戦のことを描いた『パリは燃えているか?』では、それは物資問題があったからだとしています。アイゼンハワーはパリを陥落させた後でベルリンに行かなくてはいけません。戦車のガソリンが必要です。当時のパリ市の人口はおよそ300万人。パリ解放に成功すれば、次は300万人の食料と燃料を心配してなくてはいけません。「アメリカ軍が来たら生活が前より悪くなった」と言われるわけにはいきません。そういう事情で一旦進撃を止めたのだとしています。

他の説もあります。自由フランスのドゴール将軍にパリ解放をさせるためだという説です。パリの解放者はフランス人でなければならないとするドゴール将軍の意思が尊重され、自由フランス軍がパリに入るのを待っていたのだとする説です。あるいは、ドゴール将軍と自由フランス軍は犠牲を省みず最前線に立ち、パリ入城を果たしたというような語られ方になることもあります。

どの説もなんとなく説得力があるような、ないような…な感じです。ガソリンの集積の必要があったとしても取り合えず先にパリを解放したいと思うのが人情です。パリを解放してからガソリンが来るのを待っても大差はありません。パリ市民に供給する食料がないから、というのも冷淡すぎます。なにせ戦時です。勝てる時に勝たなくてはいけません。ドゴール将軍に花を持たせるというのも、そんなにお人よしなのかなぁとも思います。

アイゼンハワーが足踏みしている間にドイツ軍はレジスタンスに対する反撃を始めます。レジスタンスはラジオ局を乗っ取り「自分たちはもうすぐナチスにやられてしまう。ラジオを聞いている人は教会の鐘を鳴らしてほしい」と訴え、パリ中の教会の鐘が鳴り響いたと言われています。本当だとすれば、ぐっとくる情景です。しかしそんなことになってしまう原因はアイゼンハワーが足踏みしていることにあります。

ちょっと似たような光景が反対側のポーランドのワルシャワでも起きています。ソビエト連邦の軍がもうすぐやってくるということで、ワルシャワ市民がナチスに対して蜂起します。ところがソビエト軍はワルシャワの手前で進撃を止めてしまいます。ドイツ軍がワルシャワ市民に反撃します。だいたい反撃が終わったところでソビエト軍がワルシャワに入ります。「ワルシャワを解放したのはソビエト軍であって、ワルシャワ市民は解放された側だ」ということをはっきりさせるためです。

パリでもアイゼンハワーが止まっていたのはもしかすると同じ理由なのではないかなあと思います。推測です。そういう駆け引きの中で、ささっと前に出てパリに入城したドゴール将軍は相当な人物です。上手においしいところを持っていく人です。うまいです。頭が良いです。そういう人のことがうらやましいです。
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